第二十一話 妨害された再出発

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 マリアのペンダントは、聖地巡礼の旅に出る時に教会から渡されたものだ。このペンダントがプレミネンス教会所属の証であり、儀式で増幅された聖女の力がそこに蓄えられるというしくみだ。当然、聖女はそのペンダントを肌身離さず持ち歩かなければならない。そのため、ペンダントを人に渡すという場面はそうそう起こらない。  もしかしたら力を持たない人間がペンダントを持ち続けると、拒否反応だったり、誤作動だったり、何か不具合のようなものが生じるのではないか。クリンはそう考えた。  それならばミサキが驚いて悲鳴をあげたというのも納得である。 「今まで、ミサキがペンダントに触ったことは?」 「どうだったかな……。ない、と思うけど。覚えてない」 「じゃあ、力を持たない人がペンダントを手にしたら誤作動が起こる……みたいな話とか聞いたことある?」 「ううん、ない」  三人はうーんと首をかしげた。  正解はわからないが、彼女が場所移動をしたと仮定して、いったいどこに移動したのか。それが問題である。マリアの場所移動は、視界に入っている目と鼻の先か、自分が一度行ったことのある場所しか成功しない。ミサキに術が発動された時、その条件が果たして「マリア」の行ったことのある場所だったか、それとも「ミサキ」のだったか。それがわからない。万が一条件の対象者がミサキであった場合、そしてマリアの訪れたことのない場所に飛んでしまっていたら、絶望的である。 「そうだ。司教様なら何かご存知かもしれないわ」  マリアはハッと顔を上げた。そもそもこの術は司教から授かった術である。……授かった、というよりかは勝手にラーニングしたのであるが。どちらにせよ、大先輩である司教のほうが移動の術には長けているはずだ。 「そうだよ、司教だよ!」  そこでセナがポンッとマリアの背中を叩いた。決して強く叩いたつもりはなかったが、マリアは条件反射で「イタ」と声をあげていた。 「司教はお前のペンダントの力を辿(たど)ってゲミア民族の里まで来た。おまえもペンダントの力を探知できるんじゃねえか?」 「ええっ?」  セナにとってはあまり思い出したくはない記憶であったが、たしかにゲミア民族の里で、テントに突然現れた司教はそんなことを言っていた。 『場所は、マリアの持っているペンダントが教えてくださいました。ペンダントにはマリアの力が宿っています。その気配を追ったんですよ』と。 「できるかなぁ」 「やるだけやってみろよ」 「うん……」  マリアは目を閉じて、神経を集中させた。セナは隣に腰かけて、クリンはミサキのベッドに腰かけて固唾を飲んで見守っている。  力の気配をたどる。力を持たない者にはまったく想像できないが……果たして。 「……だめ。できない」 「一回であきらめんなよ」 「だってここプレミネンスだよ!? 聖女が何人いると思ってるの。いろんな力がゴチャゴチャしててわかんないよ!」  不安が最高潮に達しているのか、セナの言葉にすぐさま反応したマリアは少し冷静さを失っているようだ。だが、ここはマリアに頑張ってもらうしかない、なんとか落ち着いてもらわなければ。 「よし、じゃあ場所を移そうぜ」 「え……?」 「プレミネンスから離れた場所なら気配を辿りやすいかもしれないだろ。おまえの好きなところ、どこでもいいからそこへ行こう」  彼女の性格上、ここでジッとしているよりは動いた方が冷静になれそうだ。セナの提案に、マリアは一度ミサキのベッドを見つめたあと、こくんとうなずいた。もしかしたら移動したあとでミサキが戻ってくるのではないかと思ったが、聖女でもない彼女が場所まで指定して戻ってこれる可能性は少ないと判断したのである。  三人とも部屋着だったため、いったん解散して出発の準備をすることになった。 「おまえ、大丈夫か」  クリンたちの部屋で支度をしながら、セナが遠慮がちに尋ねてきた。今後のことなど思考をめぐらせているところに邪魔をされて少しの苛立ちを覚えつつ、クリンはつとめて冷静に返した。 「僕は大丈夫。マリアのほうが心配だ」 「そりゃそうだけど……」 「いいから手を動かせよ」  セナが心配してくれているのはありがたいが、さっさと支度を済ませて移動してしまいたい。ゆっくり話している時間など不要だ。  はやる気持ちをおさえて脱いだ服を片付けていると、同じく支度をするべきであるセナはあろうことか荷物から鍋を取り出し、湯を沸かし始めた。 「なにやってんだよ」 「コーヒーでも淹れようかなと」 「はぁ? そんなことやってる場合じゃないだろ」 「まあ落ち着けって」  お湯を沸かしている間に三つのコップを用意して、セナは粉状のコーヒーを三角のペーパーに入れていく。そのノンキな様子に、さすがに腹がたってきた。 「勝手に飲んでろよ。僕はいらない」  荷物からタオルを取り出して、洗面所へ行き、顔を洗う。その間にコーヒーが落ちたようで、部屋にはカフェインの香りが充満していた。 「ほれ」 「いらないって言ってるだろ!」 「……」  思わず声を荒げてしまって、そのおかげで自分がかなり平静さを失っているということを自覚した。弟の気遣いに気づいてやれる余裕もないほどに。  急激に情けなさがおりてきて、差し出されたままのコーヒーを素直に受け取って、飲んでみる。自分が好きなスモーキーな香り。深いあじわい。  ようやく冷静になれた。 「ごめん、セナ」 「いま一番動揺しているのは?」 「……ミサキだな」 「いま一番がんばらなきゃいけないのは?」 「マリアです」 「じゃあ、俺たちがするべきことは?」 「冷静になって、マリアを支えてあげることです」  そうだ。飛ばされてしまった本人であるミサキが一番不安なはずだ。今ごろ一人で怯えているかもしれない。  そして同じくらい不安になっているのはマリアだろう。きっとペンダントを渡してしまった自分を責めているに違いない。そんな彼女にはこれからミサキを救うために力を使ってもらわなければならないのだ。隣で支える自分がこんなに取り乱していたら、彼女に不安が伝染してしまう。  クリンは熱いコーヒーをぐいっと飲み干した。それは喉を通って胃に流れこみ、頭をスッキリとさせてくれた。 「ありがとう、ごちそうさま」 「しっかりしろよ、オニーチャン」 「るさい」  コップを返し、両手でパンッと頬を叩く。迎えに行った時に、こんな情けない顔をミサキに見せるのはごめんだ。
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