第二十二話 コスタオーラ大陸

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   一瞬で景色が変わり、そこは屋内。  コテージだろうか、無垢な木材で造られたその家屋のリビングに、アレイナは居た。 「ひっ……」  木製のソファに腰掛けていたアレイナは、部屋の中央に突然現れたマリアを見て驚きおののいた様子だった。ソファから立ち上がったアレイナの脇では、二人の騎士が警戒を強めている。騎士の一人にはクリンも見覚えがあった。近くに数名の侍女も待機しているようだが、やはりこちらを見て驚いた様子だ。 「あなた……、何しにきたのよ!?」 「アレイナ、あなたこそこんな……」 「近づかないでっ!」  アレイナはマリアの言葉を遮って、手から光を放った。 「!」  放たれた光はオレンジの炎に変わってまっすぐにマリアへと向かってくる。ほんの五メートルほどの距離、結界は間に合わない。瞬時に前に出たセナがダガーを横になぎ払い、その炎を切り消してことなきを得た。  セナの手におさまる刃物を見て、アレイナは悲鳴をあげた。 「やはりわたくしを殺しにきたのね!」 「えっ?」 「逃げたわたくしを追ってきたのでしょう!?」 「ちょ、アレイナ……」 「こないで!!」  ひどく取り乱した様子で、彼女は再び手をかざした。が、その手から術が放たれることはなく。 「……っ」 「アレイナ様!」  アレイナはそのまま気を失って、崩れ落ちた。騎士の一人が咄嗟に抱きかかえたため地面に着地することはまぬがれたが、彼女はひどく憔悴しているようで、青白い顔をしていた。  とっさに動いたのはクリンだった。 「診せてください」 「近づくな!」 「僕は医者の卵です。倒れた人を放っておけません」  なおも警戒する騎士に、マリアはあわてて自分たちが無害であることを説明した。なんとか理解してもらい、彼女を診せてもらうことに。彼女は痩せ細り唇はカサカサで、げっそりと頬がこけてしまっている。やや徐脈も見られるようだ。  最後に食事を摂られたのはいつか尋ねると、数日間ほとんど何も口にしていないとのこと。おそらく栄養失調と脱水症状だろう。 「マリア様、お久しぶりです。ご無事でなによりです」  となりの寝室に運ばれていくアレイナを見守っていると、もう一人の騎士がマリアに話しかけてきた。同世代だろうか、オレンジ色の髪、栗色の瞳のその男性は、たしかリンドワ王国で教会から門前払いをくらった時に、マリアを追ってきた男だ。 「トーマ様、お久しぶりですね。アレイナに何があったんです?」 「それが……俺にもよくわからなくて」 「わからない、とは?」  クリンが寝室へ入っていくのを見送って、マリアとセナは部屋に残ってトーマから話を聞くことにした。  マリアたちがゲミア民族の里やラタン共和国で時間をとられている間に、アレイナ一行はそうそうにシグルス大陸へ上陸したようだ。六つ目の巡礼を終えたのはもう一ヶ月も前のことらしい。  だが、その日を境にアレイナは変わった。彼女は何かに怯え、苦しみ、ふさぎ込むようになった。心配する騎士や侍女になんの相談も説明もないまま、彼女は最後の目的地であるミアジストラ大陸へは渡らず、ここコスタオーラ大陸へとやってきてしまった。  このコテージは、侍女に買わせた急ごしらえのものらしい。休暇をとるにしても、なぜ侯爵家の別荘を利用しないのか、騎士も侍女も疑問に感じたが、ふさぎこんでいるアレイナに聞ける者はいなかった。  アレイナはここに来てからもずっと肩を震わせ、しきりに窓の外を心配しているようだった。外にも騎士を置いて厳戒体勢を敷き、食事も水もほとんど口にせず、外へは一歩も出なくなってしまった。 「六つ目の巡礼で何かがあったということでしょうか。儀式に立ち会ったのはトーマ様ですか?」 「はい」 「その時アレイナはどんな様子でした?」 「泉の儀式を終えたまでは、いつものアレイナ様でした。ですが控えの間から戻られた時には、もう様子がおかしかったですね。ひどく青ざめて、何かに怯えているようでした」 「着替えている間に何かあったということでしょうか」 「わかりません」  それまで二人の会話に耳を傾けていたセナが、ぽつりとこぼした。 「なんにせよ、巡礼から逃げたってことだろ」 「……」  トーマはギロリとセナを睨んだ。 「マリア様はまだこんなどこの馬の骨ともわからぬような輩とご一緒なさっているのですか」  てっきりアレイナを侮辱されたことに対して気を悪くしたのかと思ったが、トーマは別の事柄に機嫌を損ねたようだ。 「今はあたしの正式な騎士です」 「なっ……」  マリアの説明に、トーマはこれでもかというくらいの驚きを見せた。 「ありえません。こんな軟弱そうな輩に騎士がつとまるはずがありません」 「はぁ? 言っておくけどな、シグルスの試練は俺たちが史上最短記録だからな」 「それはおまえじゃなくてマリア様のお力だろう」 「やめてください、二人とも。今はそんな話、どうでもいいでしょう」  バチバチと火花を散らす男子二人をたしなめ、マリアは本題へ戻した。  なぜアレイナがこうなってしまったのかは、けっきょく本人から聞くしかないようだ。
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