第二十二話 コスタオーラ大陸

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 アレイナが目を覚ましたのはそれから二時間後。付き添っていた侍女が目を覚ましたことを教えてくれたのでクリンが彼女のもとへ訪れると、アレイナはこちらを見るなりその顔を険しくさせた。 「あなた……まだマリア・クラークスと一緒にいるのね」  彼女とは、リンドワ王国で口論になった。あまりにもマリアのことを侮辱するものだから腹が立って、彼女の人格と親の育て方を全否定してやったのだ。  だが、クリンはアレイナの言葉をスルーした。 「しばらく食事を摂っていないそうですね。栄養失調と脱水症状で倒れたんですよ。消化にいいものから摂取するようにしてください」 「……あなた、医者なの?」 「医者の家系です。僕はまだまだ卵ですが」  本来ならば点滴を打ったほうがいいのだが、半人前の自分にその行為はできない。できることといったら水分と流動食を口から流しこんでやるだけ。温めておいた卵のスープを手渡せば、彼女はそれを口にすることをためらっているようだった。 「わたくしを殺しに来たわけじゃないのね」 「もちろんです。むしろ、なぜあなたがここにいるのか、こちらが知りたいくらいですよ。ですが、今は少しでも栄養を摂ってください」 「……」  アレイナはおそるおそるスープをすすった。 「おいしい。……一応、礼は言っておくわ」 「へえ」  感謝の言葉を知っているのか、なんてことを考えれば、どうやら口に出ていたようでアレイナに睨まれてしまった。 「あなたって本当に失礼な人ね。わたくし一生忘れないわ。生まれて初めてだもの、あんなひどい侮辱を受けたのは。あれからあなたに言われたことを思い出しては、はらわたが煮えかえりそうだったのよ」  ずいぶんと心をえぐってしまったらしい、彼女はあの日のことを思い出したのかスプーンを握る手をわなわなと震わせている。だが体調不良も手伝ってその顔は覇気がないようだ。  それでも、こちらにだって正義がある。謝ったりなんかしたくなかった。 「マリアがプレミネンスにいた頃の話はだいたい聞いています。ずいぶんと冷遇されていたと。君がマリアにしてきた侮辱の数々に比べたら、僕の言葉なんかかわいいものでは?」 「……」  反論するかと思われたが、彼女は押し黙って、スープに視線を落とした。 「わかってるわよ。ええ、思い知らされたわよ、あなたのせいで。だって知らなかったんだもの、お父様がわたくしの尻拭いをしていただなんて。周囲からそんなふうに嘲笑(わら)われていたなんて」 「……」  彼女がいつ聖女としてプレミネンスに招集されたのかは知らないが、それまでは親もとで愛されて育ってきたはずだ。令嬢としてもてはやされて、間違いを指摘してくれる人に出会う機会がなかったのかもしれない。だからと言って同情してやるつもりはさらさらないが。 「スープ、冷めないうちに召し上がってください。マリアと弟があなたを心配して作ってくれたんですよ」 「……」  彼女は一瞬だけ眉を寄せたが、また一口そのスープを口に含んだ。その様子を眺めて、クリンはホッと胸をなでおろしていた。  実は彼女が眠っている間、自分たち三人は謎の気怠げな症状に襲われていた。夜から昼の世界へ、長距離を移動したことで体に負担がかかったのではないかとクリンは予想した。言うなれば時差ボケというやつだが、飛行機のないこの世界にそんな言葉も概念も存在しない。  それでもマリアはアレイナを案じてスープを作ってくれた。その気遣いが無駄にならなくて本当によかった。  そのスープを時間をかけて飲み干すと、アレイナは言った。 「マリア・クラークスを呼んでくださる? お話があるの」  マリアとセナが入ってくると、二十畳ほどの寝室は人でいっぱいになった。部屋の入り口ではトーマも心配そうにこちらを見守っている。  アレイナはすぐに本題に入った。 「警告するわ、マリア・クラークス。あなたも逃げたほうがいい」 「どういうこと?」 「プレミネンスの聖女は巡礼が終わって任務を終えたら、騎士もろとも殺されてしまうのよ」 「……えっ?」  六つ目の巡礼までは、アレイナもその事実を知らなかった。だが、彼女は儀式を終えたあとで新たに得た力のおかげで、その事実を知ることができた。その術に名前はないが、どうやら過去の出来事を垣間見ることができるらしい。  儀式を終えて着替えをしている最中、アレイナの脳内に突然、焼きつくような映像が流れてきた。  見たことのない女性、見たことのない風景。教会で祈りを捧げている聖女だということが、胸もとのペンダントで理解ができた。泉の中で聖石を手にしていることから、巡礼中であろうということも。  その女性が発した強い光は、世界全体を包み込んだ。ある所ではその光はみるみるうちに地面へと溶け込んで乾いた地面を濡らしていき、あるところでは炎に包まれた森林に強い雨を降らせて鎮火させた。襲いくる自然災害から世界を守ったのだ。  これが七つ目の巡礼の光景なのだと、アレイナは気がついた。  だが、脳裏に映ったその女性はプレミネンス教会に帰ることはなかった。 「儀式の間で待機していた他の聖女たちに、殺されてしまったの」 「……どうして?」 「わからないわ。でも……わたくしが見た光景はそれだけじゃなかった」  悪い夢のようなものだと、その時は思った。だが、その光景は翌日になっても再び脳裏に浮かんできた。しかしその光景は、前日に見た女性とは違う女性、違う教会の出来事だった。彼女もまた泉の儀式とともに世界を救い、今度は知らぬうちに毒を飲まされて死んだ。  その次の日も、その次の日も、別の聖女たちが巡礼先で殺されていく瞬間が脳裏をよぎる。気が狂ってしまいそうなほどの恐ろしい光景に、アレイナは目をそらすこともできず、恐怖心に支配された。 「わかったのは、それが過去の出来事だということよ」 「どうしてわかったの?」 「殺した側の聖女たちの中に、知った顔がいたからよ」 「それは……誰?」 「司教さまよ」  その名前が告げられたとたん、部屋の隅でバチバチッと光った。けたたましい音をあげて空間が歪み、そこから現れた人物は、まさに今アレイナが口にした人物だった。
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