第二十二話 コスタオーラ大陸

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 司教との一戦で寝室は使い物にならなくなってしまったので、一同はみなリビングへ集まった。  一難は去ったが安心してもいられない。司教はアレイナの処刑をあきらめたわけではないのだ。今回はたまたまセナとマリアがいたから彼女の身を守れたが、自分たちはミサキを探しにここを立つ身である。よって今後の身の保証はできない。 「アレイナ。提案があるの。あなたのペンダントをあたしにちょうだい」  少しだけ落ち着きを取り戻したタイミングで、マリアはソファーに腰かけているアレイナと目線を合わせて言った。 「司教様はペンダントに宿る力を探知して追って来ているんですって。だからペンダントさえなければ、なんとか逃げ切れると思うの。それに悪夢に苦しまなくて済むかもしれない」 「……あなたはどうするのよ」 「あたしは巡礼を続けなきゃ」 「!」  息をのんだのは、アレイナだけではなかった。クリンもセナも、うしろで待機していたトーマも驚きを隠せないようだ。そして誰もが、言いたいことは同じである。 「何言ってるのよ、巡礼が終わったら殺されてしまうのよ!?」 「……でも、リヴァーレ族のせいで苦しんでいる人たちがいるのも事実だもん。誰かがやらなきゃ」  マリアの黒い瞳には、クリンたちが出会った頃と同じように強い光が宿っていた。その意志の強さも、何も知らない頃ならただの尊敬で済んだのかもしれない。だが、この状況下でのそれは、とても危うい決意に見えてしまうのは、きっとクリンだけではないだろう。 「そうね。わたくしもそう思っていたわよ。この力を手にするまではね」 「アレイナ……」 「本当は……わたくしは聖女になんてなりたくなかった。お父様とお母様と一緒に暮らしていたかった。つらい修行も、おそろしい巡礼もいやでいやでたまらなかった。だけどわたくしたちは教会に洗脳されて、まるで巡礼が誇りであるかのように‘思い込まされて’いたのよ。従順な奴隷として教育させられていたの。でもこの力を手に入れてやっと目が覚めたわ」  アレイナは震える手でペンダントを外した。 「あなた、人の術を覚えるのが得意だったわよね。わたくしがシグルスの巡礼で手にした力を、あなたも受け取ってみるといいわ。きっとあなたも洗脳から目が覚めたら逃げ出したくなるはずよ」 「……」  マリアは無言で受け取って、アレイナのペンダントを握りしめた。刹那、ダイヤモンドからまばゆい光が放たれてマリアの全身を包み込んでいく。あまりの眩しさに一同は目がくらんだ。 「……っ」  マリアの体で今なにが起こっているのか、クリンやセナにはまったく想像がつかない。だが付与された力を取り込んでいる彼女の様子はとても苦しそうに見える。  接受が終わったのか、光はやがて小さくなっていく。マリアの体がぐらりと揺れた。慌ててセナが受け止めて、クリンも反対側から様子を見守る。  目を開けたマリアの顔色は真っ青だった。 「……どう? わかったでしょう?」  マリアはアレイナの言葉を受け止めて、それから何度か瞬きを繰り返した。力を受け入れたことによって多少の混乱があるのかもしれない。 「それでも……あたしはやるわ」 「!」  けっきょくマリアの答えは変わらなかった。 「ありがとう、アレイナ。このペンダント、このままもらっていくね。残りの力もあとから全部いただくわ」 「あなた、バカじゃないの!? 死んじゃうのよ!?」 「そんなの、やってみなきゃわからないじゃない。巡礼が終わったらすぐに逃げられるかもしれないし」 「無理よ!」 「無理でも、がんばる」 「……! あなたっていつもそうね。ばか正直でひたむきでまっすぐで……だから嫌いだったのよ! いいわよ、そんなに死にたいならさっさと行けばいいじゃない!」 「うん。アレイナは無事に逃げ切ってね」 「……っ」  何を言ってもマリアの意志は揺らがないのだと、アレイナは悟ったようだ。うつむいてマリアから目をそらした彼女は一言、「ごめんなさい」と謝罪を口にした。マリアはいつものように聖女の顔で、にっこりと微笑むだけだった。  あのままコテージにいるのは危険だと判断し、一同は近くの港へ移った。  本来ならば自分たちもすぐにミサキを追いたいところである。が、アレイナのペンダントの力を受け取ったせいかマリアの体調がいまいち優れないようなので、回復するまでここで待機することになった。  アレイナ一行はそのまま海路を利用すると決めたようで、せっかくなので彼女たちを見送ることにした。   「マリア様。二人だけでお話があるのですが」  トーマが神妙な面持ちで話を切り出したのは、船の出港時間を待っている間のことだった。アレイナは別の護衛騎士とカフェに身を隠しているようだ。 「……わかりました」  彼の表情につられたのか、応じたマリアも少しだけ表情が硬くなってしまった。  陽が傾きかけたオレンジの海を背景に、緊張して向かい合う二人。まるで愛の告白現場のようだなと、少し離れた場所で見守っていたクリンは思った。だが、彼の表情からするとその可能性は低そうだ。  かつてトーマがマリアにした仕打ちを、クリンたちはミサキから聞いて知っていた。マリアの騎士になると約束していたのに、父親に言われるがままライバルの騎士になってしまったのだと。その時のマリアの落胆っぷりは見ていられないほどだったとも。  もしも彼が今さら謝罪をのべるというなら、それは都合が良すぎるのではないかと思う。できることなら許さないでほしいのだが、おそらくあの子はまた聖女の顔をして許してしまうのだろう。  トーマが頭を下げて、マリアが慌ててその頭を上げさせた。ああやっぱりな、とクリンの予想は的中する。だが、今度はマリアが深々と頭を下げたので、不思議に感じた。  やがて戻ってきたマリアの顔は、少しだけスッキリした印象を受けた。
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