第二十三話 不思議な城

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第二十三話 不思議な城

 水晶でできた宮殿。  ぱっと視界に入って抱いた印象は、まさにその言葉がふさわしいのではないかと思う。  床や壁、天井までもが、一瞬硝子(がらす)と見間違えるほど透明度の高い素材でできている。だがそれらが普通の水晶でないということは明らかだった。壁面からは青白い光がキラキラと放たれて、それはシャボン玉のように宙に浮いては、ぱちんと消えていく。  見たこともない幻想的な風景に圧倒されながらも、クリンは落胆を覚える。  ミサキの姿がどこにもないのだ。  五十坪の広さはあるだろうか。天井は高く、三階建ての建物がすっぽりとおさまってしまうほど。その広い空間に家具や装飾品などはいっさいなく、あるのは中央に置かれた台座だけ。どうやらその台座も水晶らしきもので作られているのか、壁面と同じように青白い光をこうこうと放ち、台座を守るように透明な円柱が天井まで伸びていた。  その円柱の中には、まるで無重力のように宙をたゆたう一つのペンダント。 「あたしのペンダント!」 「ばか、近づくな!」  咄嗟に台座に駆けつけようとするマリアを、セナが引き止める。クリンもそれは正解だと思った。ここは目を奪われるほど美しく幻想的な空間ではあるが、あまりに非現実的で異様とも言える。へたに動くのは危険だ。 「何かの罠かもしれないよ。警戒したほうがいい」 「だろうな、出口も用意されてない。完全に閉じ込められたぜ」  セナの言葉に四方を見渡せば、確かに、この空間には窓もなければドアもない。 「ギンのおっさんからの教えだ。現状把握でまずやるべきことは退路の確保だって。いいか、チビ。いつでも逃げられるように移動の準備しておけよ」 「う、うん」  クリンは弟の横顔を盗み見た。表情がいつもより硬い。くわえて全身の毛を逆立てるように神経を尖らせているようだった。動物的本能とでも言うべきか、セナのそれは滅多なことでは外れない。できることなら早めに退散したほうがいいだろう。 「三人まとめて動こう。台座まで、絶対に離れないで」  いつでも移動の術を発動できるように、警戒しながら台座へ向かう。二メートルほどの距離に近づいたタイミングで、セナは台座めがけて小石を放った。それは透明の円柱に当たるとジュッと鈍い音を立てて、あとかたもなく焼け落ちてしまった。 「……」  全員がごくりと唾を飲む。もしもマリアが手を触れていたら、彼女の片手もこうなっていただろう。  そしてこの瞬間、セナの勘が正解なのだと理解した。 「どうすんだ?」 「いったんペンダントは保留にしてミサキを探そう」 「おし」  セナは今度は壁めがけて小石を放った。が、それは焼け落ちることなく小石を跳ね返し、通常の壁の役割を果たしただけだった。 「壁を壊せないかやってみる。おまえら、離れてろ」  そう告げてセナが構えをとった、その時だった。  ブゥゥゥウン!  形容し難い音とともに、向かい合っていた壁の一部が歪んだ。青白い光が蛍のように宙を舞う。その(ひず)みからすり抜けるように影が生じたと思ったら、それは身構える隙もないほどのスピードで侵入してきて、こちらめがけて突進してきた。 「くっ」 「セナ!」  避ける時間がないと判断し、セナは咄嗟(とっさ)にその物体めがけて駆け出した。  キン……!  細く甲高い音が部屋に響き渡る。その時ようやくその物体を視界にとらえることができた。  セナと刃を交えているのは、隻腕(せきわん)の少女だった。 「──っ!?」  全員が驚いた理由は、二つ。  まずは彼女の左腕がなく、肩から下がないのか長い袖をひらひらと風になびかせていたから。  そしてもう一つはそんな彼女の容姿だ。  マリアよりわずかに幼いであろう彼女の、燃えるような赤い瞳と、ショートカットの青い髪。  凶暴化したセナと瓜二つであるその少女は、短刀を握ってセナと向き合っている。だがセナとは違ってその顔は、まるで最初から感情を知らないような、人形のような表情だった。 「おまえ……っ!」  自分と似ていることに気づいたセナは、交えていた刃を押し返すと一定の距離を保った。相手もそれ以上、攻撃に出るつもりはないようだ。言葉もなく、じっとセナのほうを見つめているだけ。  少し後ろのほうから見守っていたクリンは、ふとあることに気がついた。その少女の質素なワンピースが、ここを囲っている壁面と同様に青白い蛍のような光を放っているのだ。 「ね、あれって聖女の光かな……?」  隣にいるマリアに尋ねれば、彼女は首を傾げた。 「たぶん、そうだど思うんだけど。だとしたら、この空間全部が聖女の力でできてるってことでしょ。すごい力だよね。それなのに……感知できないのよ、こんな大きな力なのに」 「その人がペンダントを持っていないから……とかじゃなくて?」 「どうかな。あたし、司教様の存在は感知できるわ。もう強い力ならペンダントがなくても感知できそう」 「……それは……すごいな」 「それなのに、この空間からは聖女の力がなんにも感じられないの。なんでだろう」  あいかわらずマリアの進化が早いことに驚きながらも、そんな彼女ですら感知できないということは、この空間は聖女の力でできているわけではないのだろうか?  いや、でも目の前の少女はあきらかに……。  ひとまずは少女が攻撃を仕掛けてこなそうなので、クリンは対話をもちかけてみた。 「あの、僕たちは君に危害をくわえるつもりはないよ。そのペンダントを返してもらいに来たんだ。それから、そのペンダントと一緒に金髪の女の子が来なかった? 用があるのはその彼女とペンダントだけなんだ。どうか武器をおさめてくれないか」  少女は視線を……いや、首をまわして顔そのものをこちらに向けた。まるでギギギと音でもなるかのような不自然な動きに、この場の雰囲気も手伝って不安が重なっていく。
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