第二十三話 不思議な城

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 こちらの言葉を受け入れてくれたのか否か、彼女はかまえていたその短剣をゆっくりとおろしてくれた。  短剣は青白い光をまとって、やがて少女の手から跡形もなく消え去っていく。その光りかたは聖女の術に酷似しており、やはりこの空間は聖女の術で編み出されているのではないかと思った。  だが対話が通じることに少なからず安堵する。 「君も聖女なの?」  彼女はやはり表情がないまま、ゆっくりと首を振って否定した。 「違うんだ……。じゃあ、ここは君が作った空間じゃないってこと?」  その次は肯定のサイン。  ということは、彼女とは他に別の人物がいるようだ。その人物は、おそらく想像している者で間違いはない。 「じゃあ、リヴァルさんって人かな?」  自分たち三人の視線が集中するなかで、彼女はこくりと首を縦におろした。  ──やっぱり。  予想が的中して、クリンは自身の胸がドキドキと高鳴るのを感じていた。  少女と対峙しているセナをちらりと盗み見る。おそらく彼自身もその事実を予想していたのだろう、驚きは少ないように見受けられた。彼の視線は一点集中、少女へと注がれている。  姿形から見るに、この子はセナの妹なのではないだろうか。 「僕はクリン・ランジェストン。君の名前を聞いてもいい?」  はやる気持ちを押し隠して、ここにきてやっと初対面らしい挨拶をかわしてみる。だが、それに対しての彼女は無反応だった。  もしかして、この子……言葉が……。  そう予想したクリンの横で、しびれを切らしたかのようにマリアが質問を重ねた。 「あの! ここに金髪の女の子が来たでしょう!? あたしたちは彼女を迎えに来たの。会わせてちょうだい」  その質問はクリンも次に投げかけようと思っていたものだった。  なぜミサキがセナの母親のもとへ移動したのかは知らないが、まずは一刻も早く彼女の無事を確かめたい。  少女は小さくうなずくと体を方向転換し、さきほど自分が侵入してきた部分へと歩を進めた。そこには歪んだままの穴が口を開けており、壁面の向こう側には、ここと同じような空間の廊下が見えた。  奥へ進めと訴えるような少女の視線を受けながら、クリンは迷わず足を進めた。  いまだ心臓は鳴り止まない。  ミサキにようやく会えると期待しての高揚感なのか、この異質な空間に対する恐怖心か。  どちらにせよ、冷静さだけは失わないようにしなければ。 「あの子、セナの妹なのかなぁ?」 「さあ、知らね」 「だってあの髪の色はお父さんの血筋じゃないの? いきなり攻撃してくるとか、血気盛んなところセナそっくりだし」 「人を暴れ馬みたいに言うな」 「そうね、暴れザルだもんね」 「てめえ」  マリアとセナがそんなやりとりを交わしているのを背中で聞きながら、長い廊下を歩いていく。  目の前の少女は足をひょこひょこさせながら、不自然な動きで道案内をしていた。片腕のない少女。気の毒なことに、もしかしたら重たい病気か障害でもあるのかもしれない。 「歩くの、もっとゆっくりでもいいよ」  本当は一分一秒でも早くミサキのもとへ駆けつけたかったが、気持ちを抑えて少女を気遣う。少女は振り返ることなく、だがじゅうぶんな間を置いてから、こくりとうなずいてくれた。  さほどの時間を感じない距離でたどり着いた場所は、まるで王家の一室のようだった。シャンデリアやソファーなどの装飾品は豪華絢爛で、そのすべてがさきほどの部屋と同様、青白い光を放つ水晶で造られている。  その部屋の中央、上質そうなソファに彼女は腰掛けていた。 「ミサキ!」 「おい、クリン!」  ソファから立ち上がり、驚いた表情で出迎えてくれた寝間着姿の彼女。その姿を確認するなり、クリンはセナの制止を振り切って駆け出すと、思い切り彼女を抱きしめた。 「ク、クリンさん」      彼女の温度、彼女の声に、胸の奥が熱くなる。  生きてた、無事だった! 「遅くなってごめん……! 怪我はないか!? 痛いところは?」  一方的な抱擁を終えたあとは彼女に異常がないか確かめるため、ほんのわずかだけ体を離して顔を覗き込んだ。そこで、至近距離で「だ、大丈夫です」とたじろぎながらその頬をほんのりと赤く染める彼女を見て、すとんと冷静な自分が帰ってくる。後ろに見物人がいることをすっかりと忘れてしまっていた……。 「ご、ごめん」 「いえ……。えっと、クリンさんたちは、どうしてここがわかったんです?」 「あたしの術でペンダントの気配を探知したの。ミサキ、無事でよかったわ!」  羞恥心に耐えているクリンの代わりに、まるで何事もなかったかのようにマリアが説明してくれた。彼女もミサキの無事を確認して、ホッとしているようだ。後ろではセナと青い髪の少女が隣同士で並んでいる。セナは入り口を守りつつ隣を警戒しているようだった。  ミサキが寝間着姿だったのでジャケットを脱いで肩にかけてやりつつ、クリンはいなくなってしまった日のことを尋ねた。 「ミサキはあの時、何があったんだ?」 「はい、ペンダントのチェーンを交換していたら突然青白い光が全身を包み込んで、気がついたらこの部屋にいたんです」 「青白い光……」 「ええ。どうやら呼び出されたみたいなんです。妙齢の女性がいました。でも私を見るなり『違う』とおっしゃっていたので、もしかしたらマリアに用があったのかもしれません」 「妙齢の女性、か」 「はい。白髪混じりの黒髪の女性でした。どこかで見たことがあるような気はするんですけど……」 「ミサキはその人と何かしゃべったりしたのか?」 「いいえ、ほとんど……。いくつかこちらから質問しましたが、ただにっこり微笑むだけで退室されてしまいました。そのまま丸一日、ここで待たされていたんです。なので、私にも何がなんやら……」  その時にペンダントもその女性が持っていってしまった、と最後にミサキが締めくくった。 「ごめんなさい、マリア。あなたの大事なペンダントなのに」 「大丈夫、ミサキが無事で本当によかった!」  二人のやりとりを眺めながら、クリンはその妙齢の女性こそがセナの母親──リヴァルではないかと思った。ペンダントごと呼び出したということは、リヴァルはマリアに用があったということだろうか。司教がセナを使って青き騎士を誘き出そうとしたように、彼女もまたマリアを使ってセナと会おうとしていたのかもしれない。  それにしても驚いた。マリアのようにペンダントの気配を追って自ら(おもむ)くのではなく、自分のところに呼び寄せてしまうなんて。リヴァルという聖女は、そうとうな力の持ち主なのではないだろうか。
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