第二十三話 不思議な城

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 旅の途中で拾い集めてきたさまざまな謎が、どんどん紐解かれていく。だが、まだ何一つ解決はできていない。  隣のセナは、さすがに自分の母親が多くの命を奪った罪人であると知って、動揺を隠せないようだ。  できることなら知らないままでいて欲しいとも思った。しかし自分たち兄弟の最大の目的を忘れてはいけない。セナの不思議な力のこと、凶暴化の謎、その解決方法。すべてを知るには、どうしても母親に会わなくてはいけなかったのだ。  思考をめぐらせていたのは、時間にして数秒程度。  リヴァルはドレスの裾をおろしてその足を隠すと、クリンに向かって首をかしげた。 「リヴァーレ族……っていうのは、わたくしの分身たちのことかしら? たしか教会がそう名付けたのよね」 「分身、ですか? あの泥人形が」 「ええ。なぜか生きる泥の塊になってしまうの、不思議よね」 「……? 『なってしまう』というのは、どういう意味でしょう?」  クリンはつとめて冷静に会話のラリーを続けながら、妙な違和感を覚えていた。大罪人を前にして、自分たちが送る視線はけっして色良いものではないと思う。だがそんな視線を受けながらも、彼女はさきほどとなんら変わりなく、穏やかにたおやかにそこに(たたず)んでいた。 「そのままの意味よ。わたくしは力が強すぎて、体内に聖女の力を(とど)めておくことができなくなるの。定期的に力を放出しないと体が壊れてしまうのよ」 「……放出した力の塊が、あの‘分身’というわけですか?」 「そうよ」 「では心臓ともいえる部分が赤い石でできていることや、姿形が様々なのはなぜですか?」 「意図的にそう作ったわけではないわ」  なるほど。彼女自身、力の制御ができずに生み出してしまった産物というわけか。 「じゃあ、その足の石はなんなんだよ」 「義足なの。これは同じ要領で自発的に作ってみたものよ。これがなくなったら足は砂になって消えてしまうでしょうね」 「……」  セナの質問に対するリヴァルの答えを聞いて、クリンは眉を寄せた。赤い石は生命体を生み出す装置のような役割なのだろう。自発的にも製造できるということは、やろうと思えば兵器として使用することもできるということだ。シグルスの生物兵器なんて、彼女の力の前ではオモチャのようなものである。  やり方こそ気に入らないが、プレミネンスがその力を恐れるのも無理はない。  だがとりあえずは、彼女が殺意を抱いてあの怪物を世に放ったわけではないとわかって、少なからずホッとする。彼女の表情にまったくと言っていいほど罪悪感のようなものがないのは、おそらくそのせいなのだろう。  では、彼女は知らないのだろうか? その生み出した生き物が各地で暴れ回って、多くの命を刈り取っているということを。 「その生み出した怪物は、そのあとどう処理していますか?」 「ここで暴れられるのは困るから、地上に逃がしているわ」 「地上……?」 「ええ、ここは海底なの」 「えっ!?」  驚いた。たしかにここに来てから一度も窓というものを見ていない。自分たちが今、どの大陸にいるのかもわからなかったが、まさか地上ですらなかったとは……。  続いて場所を尋ねれば、ここはアルバ諸島からまっすぐ北にあるイオ大陸、その最南端にある岬周辺らしい。ここが生まれ故郷であるアルバ諸島、フェリオス村から目と鼻の先であると知って、クリンは二度驚く。 「ちょっと待てよ。暴れられると困るってことは、アレが危険な生き物だってわかってるんだよな? わかってて、野放しにしてるってことかよ」  全員が感じた疑問を、鋭い口調で問い詰めたのはセナだった。その険しい表情を向けられて、リヴァルは困ったように眉を下げた。 「そうよ。だって、このお城が壊されたら困るじゃない?」 「……っ! そのせいで死んだ人間が何人いるかわかってんのかよ!?」 「さあ。数えたことはないわ。何人いるの?」 「……」  無垢な瞳を向けられて、セナは絶句する。彼女の言葉に皮肉も嫌味も感じられなかった。まるで悪びれない様子のリヴァルを見て、クリンはずっと抱えていた緊張感がしだいに恐怖心に変わっていくのを感じた。  彼女は自分が大勢の人間を殺したことを、ちゃんと理解している。理解した上で、なおも清らかな水のような表情でいられるのだ。 「リヴァルさん、その怪物を、なんとか暴れないように作ることはできないんですか? たとえばシグルスに現れた鳥人間は、セナを攻撃してこなかったですよね」 「無理よ、あれは例外なの。ここから分身を操っていたのだけど制御が大変だったわ。毎回分身を生み出すたびにそうしていたら疲れちゃう」 「疲れちゃうって……。でも、それで多くの命が救われるなら……」 「あら。どうして誰もわたくしの命を救ってくれなかったのに、わたくしだけが救わなくてはならないの?」 「…………」  それは、彼女の立場からしてみれば正当な言い分だった。  命の危険をかいくぐりながら世界を救った聖女、リヴァル。だが彼女に用意されたものは同胞からの殺意だった。 「そもそも、あの時にプレミネンス教会がわたくしを処分しようとしたのが間違いなのよ。だってそれまでは、どれだけ力が強くても制御できたんだもの。けれど、あの一件から力を留めておくことができなくなってしまった……。わたくしが分身を生み出してしまうのは、すべてプレミネンス教会のせいなの。だから彼女たちがなんとかするべきだわ」  まるでお部屋を汚した人が片付けるべきだわとでも言うかのように、彼女の口調はあっさりしたものだった。  先ほどから感じていたが、彼女は年齢のわりに無垢で、純粋な印象を受ける。
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