第二十三話 不思議な城

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 隣のセナの様子を伺えば、当然のごとく青白い顔でリヴァルを睨んでいる。  その心情を察すると胸は痛む。たとえば彼女が他の誰かに脅されて仕方なしに泥人形を放っていたのだとしたら、まだ救いの手を差し伸べることができた。だが、そうではなかった。 「リヴァルさん。どうか泥人形を放つのをやめてください。なんとか解決策を見つけましょう」 「無理よ、力を放出しなければわたくしの体が壊れてしまうわ。それとも……あなたもわたくしに死ねとおっしゃるの?」 「! そんなつもりは」 「でも、そこにいる聖女さんはわたくしを滅ぼすために巡礼に出ているのでしょう?」  クリンの要望を一蹴し、リヴァルはマリアを見た。  たしかに、マリアが七つ目の巡礼で儀式を終えた時、リヴァーレ族はこの世から消滅する。殲滅とはそういうことだろう。だが、リヴァルが生きている限り泥人形は何度だって生み出されるのだ。これでは意味がない。  ……もしかして、リヴァルの処刑も彼女の任に含まれているのだろうか。  クリンは横にいるマリアを見た。 「マリアは教会から何か指示を受けてるのか?」 「……ううん。七つ目の儀式を終えたらわかるって言われたけど……」  マリアにとっても予想外だったのだろう、血の気を失った表情でふるふると首を振った。   「わたくしにはわかるわ。あなたの力はわたくしによく似ている。それもそのはずよね、わたくしが巡ってきた聖地と同じ道をたどっているのだから。七つ目の儀式を終えたら、あなたはたった一度だけ新しい術を発動させることができるわ。生命力そのものを断つ、とても恐ろしい術を」 「……!」 「わたくしもそうして疫病の病原菌をこの世から消し去ることができた。あなたも同じように、ある種の生命力を奪うことができるようになるのよ。そうして分身の源であるわたくしを殺すのね」 「そんな、そんなこと……!」  マリアは否定した。掲げた目標のなかに、そんなことは含まれていなかった。ただ人々をおびやかす恐ろしい怪物を倒すだけ。そんな純粋な希望だったはずなのに、人を殺めることが本当の任務だったなんてあんまりだ。 「させねえよ、そんなの。このポンコツにできるわけねえだろ」  一歩前に出て、セナはダガーを引き抜く。光を反射させた剣先は、まっすぐに母親へと向けられていた。 「俺がやれば解決することだ」 「セナ!」 「とめるな、クリン。もういい、俺の親はクズだった。これ以上話しても無駄だ」 「あらあら。怖い」  怖いと言いながら、リヴァルはまったく動じていないようだった。彼女の声に反応して、青い髪の少女が玉座の前に立ちふさがった。彼女の手のひらから青い光が放出され、短刀が生み出される。 「はっ。こんなクソみてえな親でも守ろうとすんのかよ」 「セナ、やめろ! まだ話は終わってない。あきらめるな!」 「……」 「おまえの力のことも聞かなきゃいけない。なんのためにここまで来たのか考えろ」  クリンの制止に、セナは固く目を閉じた。自身の心と戦っているのだろう、数回の呼吸ののち、やがて大きく息を吐き切って、ダガーをおさめてくれた。  緊迫した空気が和らいだ。  それなのに、その空気をリヴァルのほうが打ち壊した。  彼女が手で合図を送る。と同時に青い髪の少女は短刀片手に駆け出してきた。 「!」  しかし向かった先はセナではなく、マリアだった。  距離にして七メートル、たったの数歩で簡単に間合いを詰められて、短刀は迷うことなくマリアの喉元に狙いを定める。 「マリア!」 「くそっ!」  ミサキとセナの声は同時だった。ダガーを引き抜くのは間に合わない。瞬発的にマリアを突き飛ばしたおかげで、短刀はマリアの喉をかき切ることなく、代わりにセナの頬をかすった。 「セナ!」  突き飛ばされて床に座り込んでしまったマリアに、少女はなおも殺意を向ける。だが少女の短刀を握る手を、セナがつかんで止めた。  立ち上がると同時に張ったマリアの大きな結界は、クリンとミサキごと包み込んでいる。だが、その結界を見てリヴァルは微笑んだ。まるで子どもの工作を見て「上手ね」と誉める母親のような顔である。  リヴァルは手をかざした。次の瞬間には、マリアたちを覆っていた白い半透明の結界が、音もなく粉々に碎け散った。それらはキラキラと光の粒に変わり、床へと消え去っていく。 「結界が……!」  顔を強ばらせたマリアのもとへ、次の攻撃が襲いかかる。  リヴァルはかざした手をそのままに青白い光を放出し、細長い槍を生み出すと、マリアへと放った。  が、それはマリアには当たらなかった。  結界が砕かれた時に、セナがもう動いていたのだ。リヴァルが光を生み出すそのタイミングで、セナは動きを封じていた青い髪の少女をマリアの前に突き飛ばした。  その結果、リヴァルが放った槍を左肩に食らったのは少女である。  少女は槍が突き刺さった衝撃でマリアのほうへ倒れかかり、受け止める余裕もなかったマリアもろとも床へ崩れ落ちた。  落ちた短刀はセナによって蹴り飛ばされ、カラカラと音を立て床を滑っていった。 「あんた、妹になんてことすんのよ!」  助けてもらった分際ではあるが、マリアは妹を盾に使ったセナに対し激怒した。  しかしセナの様子を見てハッと息を飲む。  兄妹の攻防に圧倒されていたクリンは、そこでやっと動くことができた。セナの瞳が一瞬だけ赤く変色したのを見逃さなかった。 「セナ、大丈夫か?」 「……っ、大丈夫だ」  肩をつかんで顔を覗き込めば、セナはぶんぶん頭を振って、内から込み上げる感覚と戦っているようだった。  これ以上、戦闘を続けるのは避けたい。
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