第二十三話 不思議な城

7/7
前へ
/327ページ
次へ
「すごい、すごい。本当にレインそっくりなのね! いい反射神経だわ」  パチパチパチ、と軽快な拍手の音が鳴り響いて、音の主であるリヴァルが感嘆の声をあげた。  この緊迫した状況下にふさわしくない陽気な声に、クリンたちは戸惑い、セナは苛立つ。母親であるはずなのに、少女の身を案ずる様子が見受けられなかったことにも驚きを禁じ得ない。  セナは攻撃に備えてマリアを背中に隠し、再びダガーを引き抜いた。 「ふふふ。好きなのね、その子が」 「はぁ? うるせえババア。いい年こいて頭ん中お花畑かよ」 「まあ、口が悪いところもそっくり」  何を言ってもリヴァルには響かないらしく、嬉しそうに微笑みを浮かべている。  彼女たちが次の攻撃を繰り出す前に、クリンは声をあげた。   「リヴァルさん、やめください! マリアはあなたの命を脅かすような子じゃありません!」  それから膝をついて、床に伏せている少女の様子をうかがう。彼女は眉を寄せて痛みに耐えていた。槍の突き刺さった肩からは赤い血がぽたぽたと流れ落ち、それは腕の通っていない袖を赤く濡らしていく。  だがこれほどの手負いであっても戦闘の意志があるのか、彼女は目の前にいるマリアを睨んだまま槍を引き抜こうとしていた。 「もうやめるんだ。君だって怪我をしてるんだぞ!」  クリンが少女の手をつかんで制止している間に、セナがゆっくりと槍を引き抜き、「悪かった」と簡単に謝罪した。  術で生み出された光の槍は、引き抜いた瞬間に蛍のような丸い光に変わって宙に消え去った。  マリアが治癒術をかけたが、やはり少女もセナと同じ体質なのか受け付けてくれないようだ。  それならば物理的に応急手当をと、クリンは薬箱を取り出し、簡単に止血を始めた。本当ならば洋服を切ったほうがいいのだが、左腕のない少女の肩をさらけ出すことは躊躇われた。  そこで少女もやっと大人しくなる。どうやら戦意を静めてくれたようで、処置を施すクリンの顔をじっと眺めていた。 「セナ。ダガーをおさめろ。そもそもお前がカッとなったのが原因だろ。暴力で解決するな。何度言ったらわかるんだ」 「……悪い」  クリンに従って、セナは素直にダガーを鞘におさめた。  セナの動揺はクリンにだってよくわかっている。今、この状況で冷静でいろと言うほうが酷なのかもしれない。 「リヴァルさん。このとおり、僕たちに戦う意志はありません。弟が剣を抜いたことは謝ります。どうかリヴァルさんもこの場はおさめてください」 「……。弟?」 「あ、はい。セナは赤ん坊の時に、僕の家に引き取られたんです。それ以来、ずっと兄弟として育ってきました」 「そうだったの。……ご両親はどちらに?」 「……申し訳ないのですが、言えません」  リヴァルの意識がマリアから離れたことにホッとしつつ、注意をそらさないように会話を続ける。 「ここに来たのは偶然ですが、僕たちはセナの本当のお父さんとお母さんを探すために旅をしていました。セナのことで聞きたいことがあるんです。それだけなんです。だから兄妹で争わせるなんて可哀想なこと、しないであげてください」 「あら。さきほどから勘違いをしているみたいだけど、その子は妹じゃないわよ?」 「……えっ?」  リヴァルが少女に向かって指をさした、そのタイミングで、少女の胸元がカッと赤く光った。 「──っ!」  洋服を通しても伝わるほどの、血のような赤。その赤い光には覚えがある。それは泥人形のどこかに埋め込まれている、赤い石の光だった。 「そう、分身よ。ペンダントのお部屋に誰かが侵入した気配があったから、お帰りいただこうと思ってその子を作ったの。でも、人間の形ってやっぱり難しいのよね。腕も足りないし、足の動きは鈍いし。わりと成功したほうではあるんだけど、まだまだね」 「……作っ……た……」  ぽつりと漏らしたセナの声は、震えていた。  性別は違えど、自身とそっくりな女の子。妹だと思っていたソレは、聖女の術で生み出された泥人形だった。  つまり、と、セナが自身と結びつけるのは容易いことだった。 「俺……は?」  全員の視線が一度セナへと集まって、その次にリヴァルへと移される。  答えを求められたリヴァルはその質問の意味を理解して、にっこりと微笑んだ。 「いいえ、その子とは違うわ」 「……」  ほうっ、と。誰かが息を漏らした音が聞こえた。ミサキか、それともマリアだろうか。‘違う’という答えにクリンも心底ホッとしながら、いよいよ本題に入る時が来たことを理解した。  ようやくだ。ようやくセナの力のことを尋ねることができる。 「リヴァルさん。聞きたいことがあるんです。いいでしょうか」 「ええ、いいわよ」  少女の応急処置を終えて、クリンは立ち上がってセナの隣に立った。どんな答えが待ち受けていても、必ず二人で受け止める。旅に出た時から変わらない覚悟だった。 「セナには生まれた時から不思議な力がありました。一般の身体能力とは桁外れの運動能力と、自然治癒力がありました。それから、時折ふっと別人のように凶暴になって暴れることがあったんです。その時だけ弟の目は赤色に変化しました。リヴァルさんの赤い目と同じ色です。しばらく経てば戻りますが……いつも弟は苦しそうでした。僕たちはその原因を調べるために旅に出たんです。そして解決方法があるなら知りたい。ラタン共和国で知り合った研究者に、セナのDNAには一般にはない別の物質が含まれていると言われました。通常の妊娠過程ではないかもしれないとも。リヴァルさん、何か知っていたら教えてもらえませんか?」  なるべくわかりやすく、なるべく答えやすいように噛み砕いて説明をしたつもりだったが……リヴァルの答えは、果たして。
/327ページ

最初のコメントを投稿しよう!

97人が本棚に入れています
本棚に追加