第二十四話 セナ出生の秘密

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 一仕事終えてスッキリした表情で、リヴァルはセナへと向き直った。  セナは全員が目を背けたあの光景ですら、一部始終をその目におさめていた。理由は使命感からでも、もちろん興味本位なんてものでもない。ただ、檻の格子を握ったまま頭の先から足のつま先まで何かに縫い付けられてしまったかのように、身動きが取れなかっただけである。 「これで実験終了。だから血が繋がっているかと聞かれれば、イエスでもあるし、ちょっと違うとも言えるかしら? でも、わたくしの子で間違いはないでしょう?」 「…………」  セナはリヴァルと目を合わせ、それから今度は作業台の肉の塊を眺めたあとで、再びリヴァルへと視線を戻した。   「…………。じゃあ……、俺は……」 「ええ、あなたもこうやって産まれたの」 「……っ。──うっ」  セナは口元をおさえて、床へ崩れ落ちた。 「セナさん!」  逆流した胃の中身を床へ撒き散らしながら、セナは呼吸の仕方を忘れて酸素を求める。 「……はっ……、……おぇ……っ」  そんな弟の姿を茫然と眺めながら、本来ならば真っ先に駆け寄ってやるべきだったのに、クリンはこの異常事態に完全に思考が凍りついてしまって動けなかった。 「セナさん、我慢せず全部吐いちゃってください。クリンさん、水と紙袋!」 「……」 「クリンさん!」 「……」  放心状態でなおも動けずにいるクリンの頬を、ミサキが平手打ちした。 「しっかりしてください! お兄さんでしょう!?」 「……っ。ご、ごめん……!」  ようやく我に返って、おぼつかない手で荷物から水のボトルと紙袋を取り出す。無理やり水で口をゆすがせて、いまだ呼吸が定まらないセナの口元にあててペーパーバック方式を試みる。  セナが過呼吸になったことなんて生まれてからこのかた、一度もない。まるで呼吸を拒むかのように異常を訴える彼の様子がおそろしくて、目をそらしてしまいたくなる。 「ゆっくり吐け。落ち着け、大丈夫だから……頼むから、落ち着いてくれ!」  けっきょくはどこかで聞いたことのあるような軽い言葉しかかけてはやれず、弟の症状はさらにひどくなっていく。  しかし、彼の母親はそんな息子を見ても心配するどころか、待ってもくれないようで、ゆっくりこちらへ歩み寄ってきた。 「すごいわ、涙も出るし嘔吐もできる。本当に人間そのものなのね」 「やめてください!」 「食事と排泄は可能なの? 睡眠は? 生殖機能は? 凶暴になって目が赤くなるのは、やっぱり分身の成分を受け継いでいるからなんでしょうね」 「リヴァルさん……っ」  リヴァルの興味津々といった言葉にキッと睨み上げれば、その目はキラキラと輝いていて、彼女の底の見えない狂気に恐怖が押し寄せる。   「セナくん。あなたは唯一の成功例なの。ね、ちょっとその体を調べさせてもらいたいのだけれど」 「……っ!」 「セナ!」  クリンの制止は間に合わなかった。立ち上がりざま、セナはダガーを引き抜くと檻の隙間からリヴァルの顔面めがけて刃を突き立てた。  が、それはわずかに届かず。セナの拳が格子に当たって、ダガーの剣先はリヴァルの鼻先すれすれで止まった。 「あらあら、やんちゃな子」 「……のやろう! ぶっ殺してやる!」 「セナ、やめろ! 落ち着け!」 「まあ、親に対してその態度。悲しいわ」 「てめえなんか親じゃねえよ! クソみてえなマネしやがって! お前は絶対に俺が殺してやるからな!」 「セナ! やめてくれ!」  なおも殺意を向け続けるセナを、クリンは後ろから押さえ込む。 「マリア! 頼む、もういい! どこへでもいいから飛んでくれ!」  これ以上とどまるにはセナの精神がもたない。今は何よりも弟を守りたかった。  マリアはすべてを理解していてくれたようだ。迷うことなく手を伸ばし、セナの肩に触れようとした。が、その手はけっきょく、彼をつかむことはできなかった。 「きゃあ!」 「マリア!」  天井から青白い稲妻が落ちてきて、マリアの全身を貫く。 「いやあっ、マリア! ……痛っ」 「ミサキ!」  思わずマリアに飛び付いた手に電流が流れて、ミサキは慌てて手をひっこめる。それでもマリアを助けようとするミサキの肩を、クリンがつかんで止めた。 「せっかく唯一の成功例が戻ってきたのに、逃げられたら困るのよ」 「くそっ……」  なおも落ち続ける電気の雨に、セナは飛び込む。触れない距離で背の低いマリアを覆い隠せば、電流が背中から全身へと駆け巡った。落雷から解放されたマリアは力なくその場へへたり込み、痛みに顔を歪めている。その体はいまだ電気を帯びているのか、青白い火花のようなものを身体中に走らせていた。  リヴァルは無言で術を止めた。  電流を受け止め切ったセナの体は糸がぷつりと切れたように、床へと崩れ落ちる。 「セナ!」 「マリア!」  マリアはかろうじて意識はあるようだが、全身に火傷を負ったようだ。この様子だと術を使うのは難しいだろう。  一方のセナも火傷があるとは言え、生まれ持っての特殊な体質のおかげでマリアよりかは軽症である。 「ちょうどいいわ。セナくん。あなたにも聖女の力があるのでしょう? 治してみせてちょうだい」 「セナは意識的に術を使うことはできません!」 「あら、そうなの。残念」  言葉とは裏腹に、リヴァルの顔には笑みが広がっていた。  この状況下で、彼女がなぜ笑うことができるのかクリンには理解ができない。我が子が今どれほど苦しんでいるのか、その様子を見れば一目でわかることだ。それなのに、彼女の目にはそんなもの存在していないかのようだった。
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