第二十四話 セナ出生の秘密

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「さあ、あなたたちの質問には答え終わったわ」  リヴァルは静かに格子へ触れた。檻はたちまち光の粒と化して、空気中に消え去っていく。  彼女とセナの間を隔てるものがなくなって、たった二回ほど足を進めれば重なるほどの距離にいる。 「次はわたくしがあなたを知る番。こちらへいらっしゃい」 「……誰が!」  セナが手にしていたダガーを構え直すのと、リヴァルが術を発動させたのは同時だった。  一瞬にして動きを止めたのはセナである。なぜならリヴァルの作り出した光の長剣はセナではなく、マリアの首筋を捉えていたから。  床に伏せるマリアは今にも手放してしまいそうな意識の中で、その剣を呆然と見つめるだけ。  まるで時間が凍結してしまったかのように、全員がそこから身動きができず、マリアの首筋ただ一点に視線を集めていた。一歩でも動けば、その剣先は迷うことなくマリアの首をかき切ることだろう。 「好きなんでしょう? この子のこと。守ってあげなくちゃ」 「……のやろう……」 「お願い、これ以上悲しませないで? せっかく会えたのだから、仲良くしましょう?」 「…………」  彼女のこれは脅しではなく‘お願い’らしい。  目の前がくらりとするのを感じながら、セナは力なくダガーを鞘におさめた。    どちらにしろ、マリアがこうなってしまった以上はここから逃げるすべはない。この空間の主導権はリヴァルにある。  セナに抵抗の意思がなくなったことを確認して、リヴァルは微笑んだ。 「わかってもらえて嬉しいわ。親子喧嘩はおしまいにして、これからは仲良く暮らしましょう。さあ、立って」 「…………」 「セナ、行っちゃダメだ」  言われるがまま立ち上がったセナに、クリンはマリアへ向けられた剣先を警戒しながらも声だけで引き止める。  従ってしまえば、おそらくリヴァルは二度とセナを解放することはないだろう。それはセナにだってわかっているはずだ。 「クリン、もういい。お前らは逃げてくれ」 「バカなこと言うな! なんのためにここまで来たと思ってる。お前のことを救いたかったからだ!」 「……」  もう、無理だよ。  セナの唇から漏れた言葉は、声にはならなかった。  剣先はなおもマリアの命を狙い続けている。セナはクリンの制止を振り切ってリヴァルのもとへ進んだ。  向き合ってみればセナのほうが背が高かった。そのせいで、伏せた視線の先に嫌でも相手の顔が目に止まる。自分にできる精一杯の抵抗といったら、その目をそらし続けることだけだった。  視界の隅に作業台が見える。生まれ落ちた赤黒い塊。何年も何十年もかけて作り続けてきたその塊は、この女にとって何を意味するのだろう。これもひとつの愛なのだろうか。答えを聞いても到底理解できるとは思えないし、思いたくもない。  ただひとつだけ自分を支配するのは、アレと自分が同じ肉の塊であるということへの絶望だけだった。 「仲間をこれ以上傷つけてみろ。……俺は舌を噛みきって死ぬよ」 「いいわ。あなたが居てくれれば何もいらないもの」 「あいつらを全員生きたまま逃がしてやってくれ」 「もちろんよ」  リヴァルの片手がのびてきて、頬を軽く撫でられる。指先はひんやりと冷たい。親子で触れ合った初めての瞬間だというのに、セナには嫌悪感しか感じられなかった。   「やっと……やっと手に入れた。レインとわたくしの子。もう二度と奪われたりしないわ」  リヴァルの指が、頬に伝う涙を拭った。セナはその時に初めて自分が泣いているのだと自覚した。今は、その涙すら人工的なものに思える。  もうどうにでもなってしまえばいい。  なかば投げやりな気持ちで、セナはその目を閉じてすべての感情を遮断した。 「セナに触るな」  そこへぴしゃりと放たれた声に、セナの思考は中断される。  リヴァルとセナの間に割って入って、二人を引き離したのは他の誰でもない、兄のクリンである。  クリンはマリアへと向けられた剣を素手で握りしめて立っていた。赤い血液が肘まで流れて、そこからポタポタと地面へと落ちていく。  強引にその剣をはね退ければ、リヴァルがバランスを崩して数歩うしろへ下がった。  「リヴァルさん、あなたに弟は渡しません。弟を見るあなたの目には愛なんかない。あなたみたいな人が母親だなんて、セナがあまりにも可哀想だ!」 「クリン……」 「本当に、セナの悪い癖だ。すぐ諦めるし、すぐ考えを放棄する。その根性叩き直すまで説教だからな」  吐き捨てながら、クリンは襲いかかる恐怖心と必死に戦っていた。心臓がばくばくと鳴り響いている。だがここで負けるわけにはいかない。恐怖以上に、この胸からわきあがるのは底知れぬ怒りだ。  リヴァルのこれは命への冒涜だ。こんなもの愛ではない。こんな人間に大切な弟を奪われてたまるものか。 「二人で一緒に帰るんだよ……! おまえはランジェストン家の一員だ。僕の大事な弟だ!」  さすがのリヴァルも穏やかではいられなくなったようだ。  その顔からは微笑みが消え、(きょう)()がれたことへの苛立ちが見て取れた。  そして胸のところで手のひらを上にかざし、光を生み出す。 「! 逃げろクリン!」  当然、それはクリンへ向けられるものだと誰もが思った。だからクリンは痛みを覚悟して目を閉じたし、セナは守るために兄を突き飛ばした。だがその光が蒼白ではなく赤褐色であると気づくことはできなかった。  術を(こうむ)ったのは兄ではなくて弟のほうである。 「ぅあっ」 「セナ!」  禍々(まがまが)しいほど赤色の光は、目を開けていられないほどの眩さを放ちながらセナの胸元へ吸い込まれていく。  痛みは感じられなかった。だが熱い濁流が身体中を駆け巡るかのような感覚に支配され、避けることも抵抗することもできず、なんとかそこに踏みとどまって耐え続けるだけ。  皮肉にも弟に突き飛ばされたせいで、クリンが助けに駆けつけるには数秒の時間を要した。その間にセナの体は赤い光をすべて飲み込んでしまったようだ。それに比例して、部屋中を赤く染め上げるほど強く放っていた光もすっかり消え失せていた。  セナはふらりと膝をついた。 「セナ、セナ!」  その体を支えて彼の顔を覗き込んだ時、クリンの背筋は凍った。セナの瞳が、炎のように赤く変色していたからだ。
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