第二十四話 セナ出生の秘密

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「何を……っ」 「わたくしの力を注いでみたの。分身と一緒よ」 「……っ」 「だってわたくしは約束してしまったものね、あなたたちを攻撃はしないと。だから、セナくん自身に片付けてもらおうと思って」  リヴァルの言葉が終わるのを、クリンは聞くことができなかった。  気がつけば頬に衝撃が走って、その勢いに逆らえず体は真横にふっとんで床に投げ出されていた。 「いやぁ──! クリンさん!!」  離れた場所からミサキの悲鳴が聞こえた。左頬に強烈な痛みを感じ、唇の端からぼたぼたと温かい血が流れ出る。くらくらする頭に耐えてなんとか上半身を持ち上げれば、セナがゆらりと立ち上がったのが見えた。  振り返ったセナに自我はないのか、赤い瞳は獲物を見つけた獣のように鋭い光を放っていた。 「セナ、待……っ」  待ってくれ、という短い言葉すら届く間もなく、セナは高く跳躍すると両拳を振りかぶり、クリンの頭を強打した。殴られた拍子に顔面は床へと叩きつけられ、額が割れてしまったのではないかと思えるほどの強烈な痛みを感じ取る。  こちらを見下ろすセナの瞳に感情はなく、凶暴化してしまった時とは違って快楽すらも感じていないようだった。生気をなくしたその顔はまるで傀儡(くぐつ)人形のようで、クリンの胸に一抹の不安がよぎる。  声は、このセナに届くのだろうか。  体を硬直させてしまった自分の横顔に、今度はセナの蹴りが直撃する。   「やめて! やめてください、セナさん!」  床に伏せている自分のもとへ、ミサキが駆けつけてきたのが声の距離でわかった。  来ちゃダメだ。  そう言おうと思って顔を上げた時には、すでにセナがミサキの腹部を蹴り上げていた。 「!! セナ、やめろ!」  ミサキの体は軽々と吹っ飛んで、青白い壁に叩きつけられた。セナが追撃に出る。その前に、クリンはセナへ体当たりをして彼女を守った。  しかし弟の力の前では、自身の体当たりなど足止め程度にしかならない。ぶつかった拍子に二・三歩うしろへ下がったあとは、セナは簡単に体勢を立て直した。  ミサキを腕の中に隠して、弟の攻撃を覚悟する。  だが、背中に衝撃は来なかった。  皮膚と皮膚が重なり合う鈍い音が響いて顔を向ければ、驚いたことに、自分たちの前に立った青い髪の少女がセナの拳を片手で弾いたところだった。 「きみは……っ」  会話にはならない。  セナの度重なる攻撃をただひたすら受け流し、少女はクリンたちから離れていった。  なぜ彼女が自分たちを守るのかはわからないが、この隙に今できることを必死に考える。 「ミサキはマリアと安全なところへ」 「クリンさんは!?」 「僕はセナを止めなきゃ」 「危険です!」 「このまま放っておくなんてできないよ! 早く!」  と言い合っているところで、真っ白な光が視界の隅に映った。リヴァルのとは違う柔らかな白い光、それはマリアの結界だった。結界は、今まさに少女の顔面をとらえようとしているセナの拳を弾いたところだった。 「マリア!?」  なぜかマリアの火傷はすべて完治していた。マリアは自身を治癒する(すべ)をもたないというのに。だが理由はすぐにわかった。  セナの標的がマリアに移ったところで、青い髪の少女はセナに似た動きでぴょんぴょんとこちらへ駆け寄ると、クリンとミサキに治癒術をかけた。 「きみが治してくれたのか……。どうして」  少女は相変わらず無表情で、何を考えているのかはわからない。  リヴァルのほうへ視線を送れば、生み出した本人ですら怪訝な表情で少女を見つめていた。どうやら彼女の指示ではないらしい。あの様子では制御もできないようだ。つまり、少女は自らの意思でこちらを守ってくれたことになる。 「理由はわからないけど……ありがとう。セナを止めるのを手伝ってくれる?」  少女は静かに頷いてくれた。  その奥では、セナの攻撃を防ぎ続けていたマリアが壁に追いやられているところだった。  セナの動きはあいかわらず素早く、結界で弾いては後退するというジリ貧状態が続いていた。だが、すぐ後ろには壁が差し迫っていて、もう逃げ場がない。 「セナ、もうやめて! もとに戻って!」  結界を張り巡らせて訴えても、興奮状態のセナの耳には届かないようだ。  何度も何度も光の膜を殴っては、そのたびにバチンバチンと激しい音で弾かれており、セナの拳は皮膚が破れて赤い血で染まった。 「セナ、手が……っ」  その出血に気をとられて、マリアは罪悪感に負けて結界をほどいてしまった。無防備になって、セナからの攻撃を覚悟する。  だが、その拳はマリアの顔からわずか五センチほどずれた横、壁を殴って鈍い音を立てた。 「セナ、やめろ!」  そこへクリンと青い髪の少女が止めに入った。  少女がセナに飛びかかり、同時にクリンがマリアを背後へと隠す。自我のないセナはあっさり標的を少女へと変えたようだ。  セナと少女の攻防を見守りながらマリアはクリンに声をあげた。 「クリン、セナはセナだよ!」 「えっ?」 「あたしのこと殴らなかった。それに苦しそうな顔してた! 助けてあげなきゃ!」 「……」  マリアの言葉が本当ならば、セナの意識は深いところに眠っているだけで、消えてしまったわけではないのかもしれない。  なんとかしてもとに戻してやらなければ。
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