第二十四話 セナ出生の秘密

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 セナと青い髪の少女はもみ合いになったまま、壁に、ベッドに、作業台にと、物があるのもおかまいなしに暴れまわっている。 「あまり派手に動かれると困るのだけれど」  戸棚に背を預けてずっと静観を決め込んでいたリヴァルは、やれやれと言った表情で手をかざした。  次の瞬間には青い髪の少女が胸もとを抑えてしゃがみこみ、苦痛に顔を歪ませた。  セナが少女の顔を蹴り上げる。少女の体は吹っ飛んでベッドを巻き込み、派手な音を立てて倒れ込んだ。  少女の胸の赤い石が尋常でないほど光り輝いている。そのまま火花のように弾けてしまうのではないかと思えて、クリンは慌てて駆け出した。 「やめろ!」  向かった先は少女ではなく、リヴァルのほうだ。  飛びかかって彼女の体を戸棚に押しつければ、リヴァルの術が効力をなくしたのか、ようやく少女は苦しみから解放されたようで、その場へしゃがみ込んだ。  しかし、ホッとする間もなく。リヴァルが至近距離で放った結界の膜はクリンの体を容赦なく吹っ飛ばし、飛んでいった先はセナのほう。  獲物がやってきたことで、セナの狙いは少女からクリンへと移された。床に倒れたクリンの上へ馬乗りになり、そこから一発、二発と拳が振り落とされる。  クリンは拳をその身に受け入れながら、自身の洋服の袖をまくった。  一か八かだ。 「お願いセナさん、もうやめて!」 「セナ!」  ミサキの悲鳴と、セナの眼前に左腕をかざしたのは同時だった。 「──っ」  そこで初めて、セナの動きが止まった。  赤い瞳はまっすぐにクリンの左の前腕部分、そこにある傷跡を見下ろしている。  それはゲミア民族の里で、セナが暴れた際に噛んだ傷跡だった。すでに完治はしていたが、肉を削いだほどの深い傷ははっきりと白い痕となって皮膚に残されていた。 「セナ、この傷を思い出せ! 約束はどうした!?」 「……っ、ぐ……う」 「もう二度とやるなって言っただろ。自分をコントロールするんだ、おまえならできる!」  真紅の瞳が揺らいでいる。  確かな手応えを感じ、クリンは確信する。説得できる。必ずセナはもとに戻ると。 「思い出せ。おまえの力はなんのためにあるんだ!? 守るためじゃなかったのかよ!? 誓いを忘れたとは言わせないぞ!」 「……っ」  セナは苦しそうに顔を歪めている。激情の中で目を覚ました小さな理性が、彼の暴走を押し止めているのだろう。 「戻ってこい、セナ! みんなを守れ!」 「……うっ……う」 「セナ!」  幾度となく呼びかけを続けた。  声帯が裂けてしまうのではないかと思えるほど大きな声を出したせいで、喉はひりひりと焼けるように痛む。  だが、必ず伝わる。  この弟が自分の言葉を無視できるはずがないからだ。 「……っ、クリン……」 「セナ!」 「う……っ。うう……っ、うあぁっ」  一瞬、戻ってきてくれのかと思った。だがセナの瞳の赤色はさらに色味を増して、セナ自身をも苦しめながら、なおも暴走を促している。 「リヴァルさん、もうやめてください!」  マリアの声とともに、淡い光と青白い光がぶつかり合うのを視界の隅にとらえた。マリアとリヴァルが交戦しているのだろう。 「しっかりしろ! 負けるな、セナ!」  赤い瞳が揺れる。だが呼び掛けはむなしく、セナは何かを振り払うように鞘からダガーを抜き取った。 「!」  両手で振りかざしたそのダガーを見て、クリンは条件反射で目を閉じ、痛烈な痛みがくることを覚悟する。 「……っ、ク……リン」 「!?」  だが、痛みは来なかった。代わりにぽたぽたと雫が落ちてきてこの頬を濡らした。  目を開ければ、ダガーを振りかぶったまま涙を流すセナの姿が視界いっぱいに映る。  セナの顔はひどく苦しそうだった。もうそこに操られた人形のような無機質さは存在していないように見えた。 「セナ……」  いまだせめぎあっているのか、呼吸を乱しながら葛藤を繰り返しているセナを無言で見つめる。  心臓がぐちゃぐちゃに握り潰されたみたいに痛んだ。  こんな顔をさせたくて旅に出たんじゃない。弟を救いたかっただけなのに。用意されていた結末がこんな絶望だったなんて、あんまりだ。 「ごめんな……セナ。僕のせいで……ごめんな」  気がつけば涙があふれて頬を通過していた。  滲んだ視界にセナが動いたのがわかった。  今度こそ終わりが来るのかもしれない。どうか、どうか自我を取り戻したセナがこのことを覚えていませんように。  祈りにも似た覚悟を持って、再び目を閉じる。 「……クリン……ごめん、ありがとな」 「……?」  だがセナは、笑った。  なんにも心配はいらねえよとでも言いたげな、そんないつもの笑顔で。 「セ……」  弟の名前を呼んだのと、セナがダガーを自らの腹部に突き刺したのは同時だった。 「セナさん!」 「セナ!」  ミサキとマリアの悲鳴は、凍りついてしまったクリンの耳には届かなかった。  
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