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「俺が食い止めるから、クリンは早くマルクたちと逃げろ」
「えっ! ちょ、セナ!」
セナは自身のリュックをクリンへと放り投げ、近づいてくる怪物へ向かい走って行った。地面を蹴って高く高く跳躍し、その怪物と目線を合わせる。そしていつの間に拾っていたのか、拳ほどの大きさの石を投げつけた。さほどダメージにはならなかったが、狙い通り怪物の注意はセナへと移ったようだ。
一瞬迷ったが、クリンは覚悟を決めてマルクに向き直った。
「マルク、僕の背に乗って。ジーナさん、すみませんが僕たちの荷物をお願いします」
「え? あの……」
「セナは大丈夫! ここも危険ですから、早く避難しましょう」
マルクを背負い、逃げ惑う人々の群れへと駆け出す。ちらりと後方を確認すれば、セナが屋根づたいにピョンピョン飛び跳ね、遠くの方角へ向かって行くのが見えた。さすがの運動神経と言うべきか、トカゲを模した怪物の早さにも引けを取らない。弟はどうやら人気のない村外れへ誘導するつもりらしい。
舌が伸びてきて、弟の肩をかすめる。なんとかギリギリのところでかわしながら、その怪物の注意がそれないように挑発し続けていた。怪物が歩くたびに、ドシン、ドシンと地面が揺れて、建物が壊されていく。
ヒヤリとしたものがこの胸に流れながらも、クリンは背負った小さな命を優先するため全速力で走ることしかできなかった。
人々が避難先に選んだのは村はずれにある小さな教会だった。建物はさほど大きくはないが、庭は広く、逃げてきた人たちでひしめき合っていた。
クリンたちも無事そこまで辿りつき、呼吸を整える。振り返れば、セナがうまく注意を引いてくれているのか、怪物の背中を確認できた。このまま村はずれまで向かってくれれば、ここは安全だろう。
「マルク、痛かったな。今、手当てしてあげるからね」
マルクを庭におろして、ジーナから返してもらった荷物から薬箱を取り出す。手際良く応急処置を施したあとは、ジーナに薬箱を預けた。
「他に怪我をされた方がいるかもしれません。これを預けておきますね」
「クリンさんは?」
「弟を放っておくことはできません」
そう言って、クリンは立ち上がると大きく息を吸った。
セナの力の強さはわかっている。だが、大勢の戦闘員がいたあの船上とは違って、一人でなんとかしようなんて無謀だ。
「みなさん! みなさんの中に、騎士や傭兵の方、それから戦える方はいらっしゃいませんか!?」
庭にいるすべての人に届くよう、クリンは声を張り上げる。その声に反応して、多くの人がこちらに視線を投げ返してくれた。
「武器をとって、あの怪物と戦いましょう! みんなで力を合わせれば、絶対に倒せるはずです」
当然だが賛成の声はなく、誰しも戸惑っているのが手に取るように伝わってくる。
でもなあ、無茶だろ。そんな声まで聞こえてくる。
「お願いします。今、弟が怪物の注意を引き付けてくれています。ですが、一人ではどうしようもありません。どうか一緒に戦ってください!」
大衆にむかって深々と頭を下げる。
それでも、返ってきた答えはむなしいものだった。
「むりだよ……」
「蛮勇にかられて命を失ったんじゃ、ばからしいよなぁ」
「子どもは現実を見ないから」
そんなやり取りを交わしながらも、遠くでは地響きが鳴っている。だがそれもしだいに遠ざかり、怪物がもう向かってくる気配がないことを表していた。
「村からどんどん離れていってるじゃないか」
「そうだよな。放っておけば、もうこっちに来ないんじゃないか」
「かえって逆撫でしないほうが……」
「待ってください! ここに来ないように誘導しているのは、弟のセナなんです。今、この瞬間にも危ない目に遭っている弟がいるんです! どうなってもいいっていうんですか!?」
人々の勇気に訴えることができないならば同情でも良心でもなんでもいい。とにかく、伝わってくれ。誰か立ち上がってくれ。
そんな思いで必死に声を張り上げても、やはり彼らから返ってきたのは消極的な意見だった。
「そんなの、信じられないよな」
「子どもが、どうやってあんな怪物を相手にしてるんだ」
「だいたい、頼んでないし」
「そんな……」
絶望感で、ぐらりと視界が揺れる。
なんて身勝手な。弟は、いったい誰のために身を挺しているというのか。
「お兄ちゃんの言ってることは嘘じゃないよ!」
思わずうつむきそうになってしまったその時、クリンのすぐ横から小さな応援が上がった。マルクは立ち上がり、ギュッとクリンの手を握ると、大衆にむかって声を張り上げた。
「本当だよ。セナお兄ちゃんが怪物に石を投げて、向こうに走っていったんだもん。このままだと死んじゃうよ。ねえ、大人なら助けてあげてよ!」
「マルク……」
マルクの小さな手は震えていた。今しがた恐ろしい思いをしたばかりなのに、この勇気はどこから出てくるのだろう。
援護射撃を受けて、クリンは再び前を向く。あきらめてたまるか。弟を助けるのだ。
「このまま怪物が去っていったとしても、また別の町が襲われるだけです。それに一時的に難を逃れたところで、またこっちに戻ってくるかもしれない。これ以上犠牲を増やさないためにも、この村で食い止めましょう。どうか、力を貸してください! お願いします!」
何度も叫んだ声は、かすれていた。それでも必死にクリンは懇願し続ける。今もなおこの村を守る、弟のために。
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