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第二十七話 忍び寄る魔の手
じゅうぶんに休養をとった一行は、コリンナに会うためラタンへ飛んだ。
仕事があるため、故郷にはルッカだけが残ることとなった。
しかし、一行を迎え入れたラタン共和国は、数週間前に訪れた景色とは打って変わった様子だった。
清潔感あふれる街並みは見る影もなく、建物は崩壊し樹木は焼け焦げ、地面のコンクリートはいたるところに亀裂が入ってめくれあがり、足の踏み場もない。
領土の小さな共和国、首都にあたるこのエリアには医療施設や研究施設が建ち並んでいたはずだが、残った建物も今にも崩れ落ちそうだ。
大切な者を亡くしたのか力なく彷徨う者、行方不明者の捜索に当たる者、瓦礫の除去にいそしむ者など、皆が皆、疲れた顔を浮かべている。
「これは……何があったんだ!?」
「コリンナさんは大丈夫でしょうか」
クリンとミサキは同時に顔をしかめた。死者はどれほど出たのだろう。
コリンナの研究施設に行ってみよう、と父が言った時、後ろから悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあ──っ!」
驚いて振り向けば、一人の若い女性が地面にへたりこみ、なぜかこちらを指さしている。
その悲鳴を皮切りに、周囲からもどよめきが上がり始めた。
「また出たぞ……!」
「自衛軍を呼べ!」
「化け物!」
ある者は腰を抜かして尻餅をつき、ある者は恐怖におののき走り去って行く。さまざまな反応を示す彼らは一様にこちらを──いや、セナのほうだけを見つめていた。
「……なんだよ?」
セナは眉をひそめながらも、その目には覚えがあった。旅の初めに出会ったマルクという少年がいた町で、リヴァーレ族と戦ったあとにも同じような目を向けられたことがあった。異質なものを見る、畏怖の目だ。
「気にはなるが……コリンナのところへ急ごう」
父は黒い上着を脱いでセナの頭に被せた。念の為、クリンは同じように上着をディクスにかぶせ、一行はかけ足でその場をあとにした。
しかし、コリンナの研究施設も無事ではすまなかったようだ。あれほど大きかった建物は焼失し、すでに鎮火したあとのようで、灰燼と帰していた。
しかし絶望感に襲われたのは一瞬だった。ぼうぜんと立ちすくむ一行の前に、聞き慣れた声が飛んできたからだ。
「やっと来たわね、あんたたち」
小走りで駆け寄ってきたのは私服姿のコリンナだった。そんな彼女は大きなボストンバッグを抱え、深刻そうな顔をしている。
「コリンナ。無事だったか。いったい何があったんだ?」
「質問に答えるのはあとよ。早く移動をしたほうがよさそうだわ。ここは人目につく。マリアちゃん……だったかしら? たしか一瞬で移動ができたわよね」
「は、はい。えっと、でもどこに」
「ラタンじゃなければどこでもいいわ」
父はコリンナがセナのほうに視線を投げたのをいち早く察知し、「ではフェリオス村へ戻ろう」と結論を下した。
こうして一行は、小一時間もかからずにトンボ帰りをするはめになった。
セナに似たリヴァーレ族がラタンを崩壊させた、とコリンナから告げられて、ランジェストン家のリビングは凍りついた。
コリンナはソファに腰掛け、ルッカに出してもらった紅茶をすすった。その目はじっとセナを見つめている。
「一応聞くけど、あんたは本物なのよね?」
「本物? ……まあ、闇雲に人を襲ったりはしねえよ」
「コリンナ、リヴァーレ族が現れたのはいつのことだ?」
「セナが病院に運ばれた日の夜よ。あなたたちが去ってすぐのことだった」
父の質問に答えたコリンナの言葉に、クリンはすぐにこの事態への予想がついた。
「リヴァルさんがセナを迎えに来たんだ」
そういえば、リヴァルの城から脱出する時、たしかに「ラタンへ」とクリンは口にしてしまっていた。あれを聞かれていたのだろう。
「僕のせいだ……」
「クリンのせいじゃないわよ! あたしだって、どこに飛べばいいかわかんなかった。クリンのおかげでセナが助かったんだから」
「そうですよ。リヴァーレ族を放ったのはリヴァルさんです。あなたに咎はありません」
マリアとミサキからのフォローをありがたく受け止めながらも、悔しさには抗えない。
セナを無条件で救助してくれた温かい人たち。いつか多くを学びたいと思っていた国。自分が軽率だったせいで失ってしまったのだ。
「セナ。座りなさい」
「いい、平気」
父とセナのやりとりに、クリンはハッと我に返った。セナは青い顔こそしていたが、なんとかこの状況を飲み込んでいるようだった。
そうだ、今一番苦しいのは自分ではない。
「それで、そのあとリヴァーレ族はどうなりましたか」
「さんざん暴れ回って、自衛軍に撃退されたわ」
医療の頂点であるラタン共和国は、その特性上どこの国とも軍事的な結びつきはない。よって自衛軍という独自の組織が国を防衛している。
「コリンナ。話すのが苦痛でないなら聞きたいが、君もそのリヴァーレ族を見たのだろうか?」
「ええ、見たわ。たしかにセナに似ていた。だけど体はずいぶんと大きくて、二階建ての建物くらいあったわ。言語もしゃべれないようだし、ちゃんとした意識もなさそうだった。右肩に赤い石が埋められていたのが遠くからでもよく見えたわ。セナじゃないっていうのはすぐにわかった」
「そうか……」
「幸い、私たちはいち早く逃げることができたのだけど……建物はあのざまよ。国の研究のほとんどが燃え尽きたわ」
「災難だったな」
本来ならばさまざまな先進医療技術が開発され、多くの人の命を救うはずだった。これは世界にとっても大きな損失である。
「でもね。これだけは死守したわよ」
コリンナは床においた茶色のボストンバッグを指さして、小さな笑顔を浮かべた。
そこにセナの研究結果が詰まっている、とコリンナは言った。
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