第二十七話 忍び寄る魔の手

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 ──どこが俺に似てんだよ、コリンナのババア!  巨大な手のひらが真正面から伸びてきて、セナは瞬時に飛び退ける。目の前で暴れ狂う青い髪の巨体な泥人形を睨み、眉間めがけてダガーをぶん投げた。  それは見事に命中し、泥人形が痛みによって攻撃の手を止めた。その隙をつき、ディクスが青白い光をまとったサーベルを横に薙ぎ払う。  サーベルによって左足を切り落とされて、泥人形は鮮血を吹き出しながら地面に倒れ込んだ。  粉塵から逃れるように後ずさって、セナとディクスは肩を並べて息を整えている。  ここがどこの大陸だかは知らない。町の名前もわからない。  出現したばかりなのか被害はさほど大きくはないが、町のど真ん中に現れたせいで戦いにくくて仕方がない。  瓦礫のあちこちから住民のうめき声が聞こえる。逃げ惑う人々はみな突然平穏を奪われて、パニック状態となっていた。  これ以上被害を広げないためにも、さっさと沈めてしまいたいところである。  二階建て建物ほどの大きさはあるであろう巨体な生き物、リヴァーレ族。青い髪に赤い瞳。身にまとった洋服はセナがリヴァルの城を訪れた時のものに酷似しており、たしかにセナを意識して作ったということがうかがえる。  だが、似ているかと問われれば間違いなくノーだと答えたい。  その泥人形は、腕は通常の二倍はありそうなほど太く、足はやたらと短く動きにくそうである。セナにとって問題なのはその顔だ。顎が異様に四角く、鼻は左にひん曲がって、眉毛がない。  このブサイクな姿を見て自分とそっくりだと言ったコリンナは、もしかしたら研究のしすぎて頭がちょっとアレなのかもしれない。セナは本気でそう思った。  そんな怒りも手伝って、セナの動きはとても昨日まで精神的に弱っていた人間とは思えないほど精力的である。  泥人形が弱っている今がチャンスだ。  セナは軽快な動きで近づくと、眉間に刺さったダガーを引き抜いた。痛みに体を揺らす泥人形は、それでもセナをつかまえようと片手を伸ばしてくる。そこへディクスのサーベルが飛んできて、手のひらを貫通させた。  絶妙なタイミングでの援護に後押しされて、セナは高く跳躍すると重力に任せてダガーを垂直に振り下ろした。それはやつの脳天、ど真ん中を突き刺す。そこには赤い石が埋め込まれていた。  赤く光る石はダガーによって砕け散り、こと切れた泥人形は姿かたちを保っていられなくなって、砂に帰した。  時間にして十五分程度。  思ったより時間はかかったが、ディクスの援護が的確だったおかげか怪我ひとつせずに終わった。  砂が完全に消えていったのを見送って、ディクスは深々と頭を下げた。向けた先はいまだ恐怖心から抜け出せていない様子の住民たちである。泥人形が消えたことで逃げていた足を止め、こちらを怪訝そうな目で注視している。あの怪物とやり合っていた普通ではない少年少女。果たして自分たちにとって無害か否か、様子をうかがっているようだ。  周囲を見渡せば、凄惨たる光景が広がっていた。無関係な命。自分のせいで消えた命。  セナもディクスの横で頭を下げた。  うまく言葉にはできない。だが、何かが伝わればいい。そう思って。    翌日も、そのまた翌日も、リヴァルは幾度となくリヴァーレ族を放った。そのたびにディクスの移動の術で飛んでいっては駆除を行い、被害を最小限に抑えていく。自身に似た生き物を痛めつけるたびに感じていた多少の抵抗感も、回数を重ねるたびに慣れていった。  そこでセナは初めて雪景色を見た。キラキラと光る雪原の美しさは感無量だったが、食べてみた雪はまったく味がしなくて、ちょっぴり悲しい思い出になった。  ディクスの言うとおり、どうやらリヴァルは本当にこちらの居場所がわからないらしく、リヴァーレ族が出現した場所は様々だった。いや、もしかしたら彼女にとって場所などどこでもいいのかもしれない。セナがこの世界から拒絶されれば、彼女の目的は達成しやすくなる。それが狙いということもじゅうぶん考えられるのだ。  リヴァルの思惑は知らないが、ただ自分は討伐に集中する。それだけである。 「……く、ぅ」  駆除が終わった瓦礫の海。セナは襲いくる邪悪な感情に耐えていた。鏡はないが、おそらく今自分の瞳がこうこうと燃え盛っているはずだ。 『あなたのリヴァルの力が強くなっている。やっぱりクリンに相談したほうが』 「言ったら殺すからな!」 『……』  リヴァーレ族を駆除してまわっていることは、誰にも言わないと決めた。すでにクリンやマリアには怪しまれていたが、黙秘を押し通した。  言えば、自分も行くと言ってきかない者たちばかりだからだ。彼らの存在は自分にとって弱点だ。連れて行くわけにはいかなかった。それに……。  しかし、世界中を行ったりきたりしながらの、気候も地形もランダムな状況下における少人数での戦闘である。このいたちごっこに、二人は少々疲れてきていた。 「──ディクス!」  泥人形の手の甲が直撃し、ディクスは吹っ飛ばされて建物に叩きつけられた。集中力が途切れたところを狙われて、受け身が取れなかったようだ。  しかしもはや虫の息である泥人形。セナはディクスの救助より泥人形の始末を優先することにした。  今回のコレは見えない場所に赤い石を隠し持っており、探し出すのに少々苦労した。だがディクスが生み出した石つぶてのおかげで肉を削ぎ、場所を特定することができたのだ。  セナは構えていたダガーを泥人形の太ももに突き刺した。赤い石もろとも砕け散り、ようやく駆除が完了したタイミングで、慌ててディクスのもとへと駆けつける。 「生きてるか?」 『痛い。だけど問題ない』  痛みに顔をしかめながらも、ディクスはセナの手を借りて立ち上がった。 『セナが私を心配しているのが伝わってくる。予想外にチョロい。でも嬉しい』 「…………」 『同じように、私もあなたを心配している。だからクリンたちに、そろそろ教え』 「しつこい」 『……』
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