第二十七話 忍び寄る魔の手

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 ディクスは日替わりで、マリアかミサキと一緒にお風呂に入っている。そのため、ミサキがディクスの体にできた多数の痣と切り傷に気付くのは容易かった。 「ディクス、これどうしたんですか? まさかセナさんが……?」  おそるおそる尋ねれば、ディクスは首を横に振っている。だが何かを言いたそうではある。 「なにか……危ないことでもしているの?」  ディクスは無言でミサキを見つめる。それが肯定でもあり、簡単に頷かないことに意味があるのだと、ミサキはすぐに勘づいた。しかし会話のできない少女を執拗に問い詰める気にもなれず、とりあえずは傷口にしみないよう優しく体を洗ってあげた。  だからと言って、このまま放置するわけもないのだが。  翌日も、セナとディクスはリヴァーレ族の対応に駆り出されていた。  飛んできた場所は運悪く、どしゃぶりの雨。足元はぬかるみ、視界がすこぶる悪い。  リヴァーレ族は出現したばかりなのか、小さな村にそこまでの被害は出ていないようだ。さっさと前におどり出れば、まったく表情を変えない巨体なセナもどきは、すぐに本物のセナへと標的を絞った。 「こっちだ、こっち」  村に被害を出さないために、一目散に駆け出して街道までおびきよせる。  泥がワンピースにつくのが気になるのか、しきりに裾をつまんで走るディクスの胸元には、真珠のように白く丸い石が並んだネックレスがついていた。 「あれ。ディクス、なんだそれ?」 『マリアがプレゼントしてくれた。嬉しい』 「あいつが……?」  あいかわらず妹のように可愛がっているらしい。やれやれと会話を終わらせてディクスから手を放した、次の瞬間。目の前の空間から真っ白い光が出現し、周囲を明るく照らした。 「!」  やべ、そういうことか!  と、セナが気づいた時には遅かった。目の前にはクリン、ミサキ、マリアの姿があった。どうやらディクスの胸元にあるペンダントにはマリアの力がこめられていたらしい。その力を探知して追ってきたというわけだ。 「セナ、おまえいったい何……」 「話はあとだ! ディクスはこいつらを守れ!」  セナは簡単に指示を出して、今まさにクリンめがけて振り落とされようとしている泥人形の拳を横から蹴り払った。すかさずディクスがクリンたちの前にたちはだかるが、ディクスはセナ同様攻撃に特化しており、マリアのような結界術は作れない。 「リヴァーレ族!? 本当に何やってんだ、おまえ!」 「害虫駆除だよ!」    クリンの質問に答えながら、リヴァルの攻撃がクリンたちに来ないよう、セナはあえて泥人形の間合いに入って注意を引き付けようとした。 「こっちだ、こっち。鬼ごっこの最中によそ見してんじゃねーよ」  だが、理性のない泥人形ならばともかく、操っているのはあのリヴァルである。どうすれば動きの素早いセナを止められるのか、冷酷な彼女はよく心得ていた。  巨大な体は向きを変え、その赤い目はまっすぐにクリンたちへと向けられた。 「くっそ……だから言わなかったのに!」 「マリア、結界だ。ディクスはセナの援護に!」  クリンの指示は早かった。  泥人形が生み出した光の槍が到達するよりも早くマリアは結界を施し、ディクスは真横へピョンピョン跳ねて泥人形の背後へ回った。  槍はクリンたちを貫くことなく、マリアの結界に弾かれて終わった。  同じタイミングでセナはすでに攻撃一点に切り替えており、ダガーを引き抜くと高く飛び上がった。  おとりが使えない以上、やつの狙いを防ぐ方法はひとつ。人間相手には絶対にやりたくないがコレならばなんら問題はない。  セナはダガーを横になぎ払い、泥人形の両目をえぐり取った。真っ赤な返り血を全身に浴びながら地面へと戻る。暴れ狂う泥人形の制御が難しいのか、リヴァルからの反撃はないようだ。  その隙に、ディクスは石つぶてを泥人形へと放った。今回の赤い石は、どうやら背中、腰椎よりわずか上の部分に埋め込まれているようだ。奥深くなのか、洋服で隠れているため肉を削がなければ見えなかった。  ディクスは青白い光を放って(かま)を生み出した。やや禍々しい装飾の施された鎌を見て、セナは「こえーよ」と苦笑しつつも、自身がおとりとなりディクスがとどめをさすということを理解した。 「リヴァル! 聞こえるか!?」  どしゃぶりの雨音に負けないようセナが声を張り上げたのは、泥人形の真正面。視力を奪われた泥人形はピタリと動きを止めた。 「遠隔操作は疲れるって言ってたよな? だったらこんな回りくどいことしてねーで、おまえが直接来いよ。そんなにお外が怖いのか?」  今度こそリヴァルは挑発に乗ってくれたようだ。セナの言葉が終わるよりも早く、泥人形の両手が左右から囲いこむように伸びてくる。 「セナ!」  クリンの叫び声を聞きながらも、セナはそこから逃げなかった。  泥人形の手がセナを包み込む。が、その手は何も触れることなくその場でぴたりと止まった。  背後にいるディクスの動きにはまったく気がつかなかったらしい。赤い石をえぐり出された泥人形は形を崩し、雨とともに地面へと流れ落ちていった。 「……セナ、おまえっ……」  駆け寄って早々、クリンはセナの胸ぐらをつかんだ。 「クリンさん……」  ミサキがそっとその手を解こうとしてくれたが、クリンはどうしても力を抜くことができなかった。セナもなすがまま、ただじっと目を伏せている。  降りしきる雨の中、クリンの声がぽつりと落とされた。 「なんで……なんでおまえばっかりこんな……こんな苦しまなきゃいけない……」 「……」  ああ、だから知らせたくなかったのに。  セナはそう思いながら、自分よりもずっと傷ついた顔をする兄の顔を見ないようにしていた。   
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