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夕飯までには早い時間帯。交代で風呂に入ったあと、一同はランジェストン家のリビングに会した。
クリンは子どもだけで話し合うべきではないと、両親とコリンナにも声をかけた。ラタン同様に各地が襲われていると知って、さすがに場の空気は重たい。
「セナにディクスの声が聞こえることも驚きだけど……こんなことになってたなんて。なんで黙ってた?」
「だっておまえ、言ったらついてくるだろ? 心配もかけるし」
「当たり前だろ! もしも帰ってこれないような状況になったらって考えなかったのか?」
「俺が捕まった場合はディクスがクリンたちに知らせに戻るって約束だったんだよ」
「ディクスの声が聞こえないのに? どうやって伝えるつもりだったんだよ」
「……」
「ほらみろ、考えてない。あいかわずサル以下だな、おまえの脳みそは」
ダイニングテーブルの席で、わんわん責め立てるクリンの向かい側では、父は重たいため息をつき、母はおそろしいほどの真顔でセナを見つめていた。コリンナは本来セナの席であるクリンの隣で同じく難しい顔をしており、ミサキとマリアはソファで見守っている。被告人であるセナとディクスは座ることを許されず、居心地悪そうに並んで立たされている。
「セナ。クリンの心配ももっともだが、もうひとつ大きな間違いがある。リヴァルさんがしているのは鬼ごっこではない。ただの殺戮だ。それを子ども二人がどうにかしようと思ったのがそもそもの間違いなんだよ」
父の静かな声に、セナはこくんと頷く。
「わかってる。たくさんの国が被害に遭ってる。でも……だからこそ、俺が止めなきゃいけないんだろ。俺のせいでたくさんの人が死んだんだから」
「……」
クリンが何か言い返そうと口を開いたのを、父の手が制した。
「おまえのせいではない。そう言ったところでおまえが感じている罪悪感は拭えないんだろう。だが、今の議題は責任の所在ではない。今後いかに被害を減らすか……いや、被害をなくすかを話し合うべきだ。違うか?」
「……」
セナはぐっと下唇を噛んで、再度うなずいて見せた。
「よろしい。クリンも説教はあとまわしにしてくれないか」
「……はい」
「では本題に入ろう。今後もリヴァルさんが多くのリヴァーレ族を世界中に放出すると仮定して、そこへセナたちが駆けつけたとしても被害はゼロではない。それがわかっている以上、このことを世間に黙っているわけにはいかない。加えて、放たれるリヴァーレ族はすべてセナの姿を模している。当然、セナは世界中の国々から畏怖の対象になるだろう。そこも対策を打たねばならない」
「どうするの?」
「わたしからの提案は二つだ。まずひとつ目は、カムフラージュを用意すること」
父の提案に、コリンナがいち早く理解した。
「カムフラージュ? 過激ね、あなたらしくもない」
「当然だ、息子の人生がかかっているんだ。責任を問われた時はわたしがすべてを被ろう」
「でもおもしろい案だわ。マリアちゃん、できそう?」
「え、え? ごめんなさい、頭が悪いので理解ができておりません」
突然話題の中心に引きずりこまれてあたふたするマリアに、クリンは「もしかして」と助け舟を出した。
「別の姿のリヴァーレ族を出現させるってこと……?」
「おみごと」
コリンナから満面の賛辞を送られたが、クリンは素直に喜べなかった。自分で回答したくせに、あまりに突拍子もない提案に驚きを隠せない。
父の考えはこうだ。マリアがラーニングした‘命を生み出す術’を使って、セナとは違う人型のリヴァーレ族を世間に放出する。人型のリヴァーレ族が青い髪の少年だけではないということをアピールするのが目的だ。もちろんすぐにセナたちが駆けつけて排除するし、街に被害が出ないようマリアが遠隔で操る。
「でもさすがに混乱は招くでしょうね。バレたらマリアちゃんもハロルドも牢屋行きよ」
「冗談じゃねえよ。却下だ、そんなん」
コリンナの言葉にセナがぶんぶんと首を振り、父はあっさりと引き下がった。
「まあ、そうだろうな。わたしもマリアさんを罪人にはしたくない。だからこの案はナシだと思っていたよ」
「じゃあ言うなよ……」
「わかったかい、セナ。誰かに重荷を背負わせる案など、ここにいる誰も喜ばないんだ。おまえがしていたのはそういうことだ」
「……。はい……ごめんなさい」
この案が自分への戒めだったと気づいて、セナはここでようやく謝罪を口にした。
しかしコリンナだけは、「その案も悪くはないけどね〜」と、実際にラタンの被災者であるくせにノンキなことを言っていた。
議題は父のもう一つの案へと移された。
その件については長々と会議が続いた。大筋の意見は一致したが、ずいぶんと大掛かりになってしまうことや、成功させるための布石が足りないこと等、問題点が山ほどあった。話し合いが終わる頃にはとっくに夕飯の時間は過ぎ去り、普段は宿で食事をとっているコリンナも一緒に遅めの夕飯を摂った。
夜も更け、家々の明かりが消えた頃。ミサキとクリンは夜の散歩に出ていた。
ルッカの広大な薬草園がある故に、ランジェストン家は村の中心よりも外れた場所にある。知人に遭遇するのは面倒ということもあり、二人は毎晩人気のない林や海辺を散歩していた。
今日は村はずれにある小高い丘だ。丘のてっぺんには白い木製のブランコがあり、日中は子どもたちがそれで遊んだり草滑りをしたりする。クリンたちも子どもの頃はよく遊んだものだ。だが、今は人っ子ひとりいなかった。
初夏のなまぬるい風がミサキの金の髪を揺らす。
いつもなら手をつないで歩くのに、今日はクリンのほうから手を差し出されることはなかった。
「……怒ってますか?」
「どっちだと思う?」
「怒ってますよね」
「……」
二人の微妙な空気の原因は、さきほどランジェストン家でおこなわれたあの会議だ。そこでミサキは、父の提案を後押しするため大人たちにひとつの情報を開示したのだ。それを作戦の担保にしてほしい、と身を差し出すような形で。
「……嘘つき」
「ごめんなさい。でも……きっと危惧したとおりにはならないと思います」
「そんな保証はどこにもないだろ。それに……約束したじゃないか」
「……」
ごめんなさい、と再びもらした声は、夜の闇へと消えた。
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