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さすがに息が切れてきた。疲労感を感じながらも、セナはまだ屋根の上を逃げ回っていた。終着地点もなく囮を続けるのは、こんなにも疲れるものだったのか。
逃げるだけではキリがないので、何度かこちらから攻撃をしかけてみた。だが、緑の皮膚には薄い粘膜が張られており、ぬるりと拳をすべらせてしまう。さらにその下には固い皮膚。
加えて、相手の攻撃をかわさなければ一瞬で食われてしまうため、無茶はできない。今のところ打つ手なしだ。
「……さあて、どうするかな」
こんな危機的状況下でも、湧き上がるのは高揚感。だが、セナはそれを胸の中に封じ込めた。
いけないいけない、「ちからを振るうなら、生み生かすため」だ。戦いを楽しむためにここにいるわけではないのだから。
「そうは言っても、だな」
村はずれまで来ると建物も少なくなって、屋根づたいで移動することもできなくなってしまった。その先は平野である。したがって建物を盾にして攻撃から身を守ることも、もうできない。
「楽しんでる余裕はなさそうだ」
相手を見上げれば、餌を前にして興奮する怪物が、余裕そうに自分を見下ろしている。正面は危険だ。
伸びてきた舌をよけ、怪物の横へ横へと移動する。回避しながらも、目や口に石を投げたり、足の爪先を狙ったりと弱点を探したが、ちっとも効いている様子はない。
そのまま怪物の横をすり抜け、背後にまわる。ここならどうだと、尻尾に狙いを定めて拳を振りかぶった時、
「!」
尻尾が突然 真上に伸びて、勢いよく地面に急降下した。叩きつけられた地面にヒビが入り、砂けむりが周囲に舞い上がる。
「あっぶねー」
幸い尻尾に叩き潰されることなく、ギリギリのところで避けることができた。
が、ホッとしたのも束の間。
気がつけば、怪物が真正面からセナを見下ろしていた。
──まずい。
一瞬の硬直を悟られ、好機とばかりにトカゲは大口を開ける。
──食われる!
そう思って歯を食いしばった時、聞き慣れた声が空に響いた。
「セナ──!」
怪物とセナの間に割って入るように飛び込んできたのは、片手でつかめるサイズの石だった。それからすぐに、大勢の足音が聞こえてくる。
トカゲを警戒したまま横目で確認すれば、クリンとともに、武器を構えた男たちが「うおおお」と雄叫びをあげながら突進してくるではないか。
「クリン!」
「セナ!」
怪物が気をとられている隙に、セナはピョンピョンっと怪物の視界から遠ざかり、クリンと顔を見合わせて互いの無事を確認する。なんとかしなければと思っていたが、まさか援軍が来るとは予想もしていなかった。
しかし弟が感謝の言葉を口にするよりも、兄の説教のほうが早かった。
「このバカ! 本当に無茶ばっかりするよな、お前は」
「へへ」
「笑い事じゃない!」
その間にも村の男たちが必死にトカゲを相手取ってくれている。
「クリン。あいつ、全然攻撃が効かない。なんか表面がヌメヌメしてて、手が滑るんだ。目も、爪先もダメだった」
「そうか……」
一人の男が槍を飛ばしたが、トカゲの皮膚を貫くことなく弾き飛ばされてしまった。素手ではなく武器ならばと期待してみたが、ほとんど効いていないようだ。怪物は突然周囲を囲まれ、狙いを定め切れず右往左往している。
しかし、あの舌は厄介だ。
「そうだ! 舌を切れないかな」
外側がダメでも、内部はどうだろう。
クリンは自身のリュックから小型のナイフを取り出した。セナの威力なら、これでも十分切れるかもしれない。
「やってみる」
セナはそれを受け取ると群れの中へ走っていき、助走をつけて高く舞い上がった。怪物の視線がセナを捕らえたタイミングで、勢いよくナイフを真横に引けば、ザシュ!と小気味良い音がして、舌からどす黒い血液が吹き出す。が、表面の硬さにナイフのほうが勝てず刃が折れてしまった。
「ちっ」
舌打ちとともにナイフを投げ捨て、セナが地面に着地しようとした刹那、怪物の尻尾がセナをなぎ払った。
「セナ!」
トカゲは舌を傷つけられて怒り狂っているようだ。荒々しい動きで暴れ狂うのを、男たちがなんとか食い止めている。
鈍い音を立てて横に吹っ飛ばされてしまった弟のもとへ、クリンは絶望を感じて駆け寄る。
「セナ、セナ!」
「大丈夫だ……」
しかしセナは痛みに耐えながらも、再び立ち上がることができた。頬と腕にすり傷はできていたが、大した怪我もなく意識もハッキリしているようだ。
普通、あの勢いなら死んでるんじゃ……。
ホッとしつつも弟のあまりの頑丈さに苦笑した時、クリンは忍び寄る影にハッと息を呑んだ。
見上げれば、すぐ眼前に迫りくる怪物の尻尾。身構える暇もなく振り下ろされたそれに、クリンは目を閉じる。
「この……っ」
セナがクリンの前に立ちはだった。
腕を交差して両足を踏ん張り、なんとか塞き止めてくれたおかげで二人は押し潰れることなく、事なきを得る。
その弾みで地面から噴煙が立ちのぼり、クリンは風圧に目を細めながらも、煙の下から怪物の姿を盗み見て何かに気がついた。
「ん?」
まだら模様のせいで見えにくいが、怪物の首元より斜めうしろの部分に、鱗とは違った薄い線が見える。
あれは……。
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