第三話 兄だから

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「エラ!?」  間違いない、あれはエラだ。ということは、奴は爬虫類ではなく両生類なのかもしれない。 「セナ。首の斜め後ろ! あそこを狙って」 「なんで?」 「エラだよ! エラは魚類や両生類の弱点だ」 「よし!」 「おい、武器は!?」 「いらねえ、また折れたら邪魔だ!」  セナは拳を握り、走り出す。男たちの攻撃が注意を引いてくれているうちに、背後から気づかれないように飛びかかった。  左のエラ目がけて、セナは渾身の力で拳を突きつける。  ぐあぁぁぁ、と叫び声を上げ、怪物は発狂して再び理性を失う。どうやら効いたみたいだ。 「まだまだ!」  地面に着地するなり、セナは宙へと戻っていく。そして今度は両手でエラを掴むと、勢いよく左右に引き裂いたのだった。  真っ黒な体液とともに、肉片が飛び散る。エラを引きちぎった肉の奥から見えてきたそれに、セナは反射的に手をのばした。 「あった! 赤い石」  それを掴んで、一気に引き抜く。  暴れ狂っていた怪物は、その瞬間、静止画のように動きを止めた。そしてズドォォォン!と、激しい音を立てて、横向きに倒れていく。 「……」  わずかな静寂のあと、歓声が周囲から湧き上がった。さきほどまでの緊張感が嘘のように解き放たれ、みなが武器を捨てて喜びに胸を踊らせている。  しかし勝利に酔いしれたのも束の間、白みがかった空に砂になった怪物の残骸(ざんがい)が飛んでいく。  セナの手のひらにあった赤い石もまた同じように空へ溶け込んでいくのを、兄弟は黙って見つめていた。    思えば、不思議な生物だ。いや、生物と呼べるのだろうか。砂でできた動く怪物。いったいこれは、どこから生まれたのだろう?  村には平穏が戻り、教会に避難していた人々はみな元の場所へと戻っていった。  崩壊した家屋、ひび割れた地面、失った命。被害は少なくはなかったが、旅の中継地として栄えている村だ、復興も遅くはならないはずだ。  のぼり始めた太陽のもと、人々は休む間もなく被害の確認と処理に動き始めた。村の混乱により乗合馬車の出発は大幅に遅れる見通しとなったため、クリンとセナも出発までの間、村人たちに協力することにした。  クリンが仮設の診療所で怪我人の手当てをしている間、セナは被害の大きかった地区へおもむき、瓦礫(がれき)除去の手伝いをすることにした。 「これ、向こうに運べばいいの?」 「ああ、頼むよ」  見るからに重量のありそうな瓦礫を、セナはひょいと片手で持ち上げる。すると、作業に当たっていた男たちがギョッと顔を強張らせた。しかしセナはそれに気づかず、次々に瓦礫を運んでいく。共闘し感謝され、セナはうっかり失念してしまっていたのだ。自身の力がいかに他人と違うかということを。  異変に気づいたのは、周辺の瓦礫があらかた片付けられてからだった。 「なあ、次は?」 「ひっ」  一緒に作業に当たっていた男に声をかけると、男は大袈裟に驚いたあと、へらりと笑って取り(つくろ)った。 「お、おう。ここはもういいよ、他に行ってくれや」 「……わかった」  さっきまで何事もなく接していたと思っていたのに、いつの間にか自分を遠巻きに見ている、周囲の視線。しまったと後悔した時にはもう遅かった。  居心地の悪いその空気は、それからもずっと続いた。 「悪いが、あんたたちは乗せられない」  乗合馬車の停留所で、おもにセナのほうに視線を投げながら御者は言った。断られるのは、これでもう三回目だ。 「僕たちは東に行かなきゃいけないんです。お願いします」  クリンは諦めずに頭を下げた。 「悪いな。他の客の安全のためだ」 「何がですか!? 安全のために、どうして僕たちがおりなきゃいけないんですか」 「クリン、もういい」 「セナ!」 「歩いていく」  セナは村の出入り口とつがなる街道へ向かって歩き始めた。慌ててその後を追いかけたクリンは、振り向きざま、遠巻きに見物を決め込む御者や乗客に向かってキッと睨んだ。 「あんまりだろ……助けてやったのに!」  命がけで村を救った、そんな英雄にもたらされたのは村人たちからの畏怖の視線だった。はじめは礼を言っていた人たちも、勝利の興奮が覚めていくとともにそれは恐怖へと変わったようだ。  怪我を負った人たちの手当てや、瓦礫の除去を手伝って、やっと乗合馬車が動き始める頃にはもう日は高く登ってしまっていた。いざ馬車に乗ろうとしたところで、この乗車拒否だ。 「待ってよ、セナ」 「クリンだけなら乗せてもらえると思う。一足先に行って待ってろよ」 「冗談だろ、こっちから願い下げだよ」  セナの後ろ姿からは、なんの感情も読み取れない。ただ、追い越してその顔を見ることははばかられた。  何か救いの言葉をかけてやりたい。そう思うのに何も言葉が出てこない。 「クリンお兄ちゃん、セナお兄ちゃーん!」  街道を少し歩いたところで、背後からマルクの声がして振り返った。息を切らし両手を振って追いかけてくるのは、やはりマルクと母親のジーナだった。 「どうしたの?」 「あのね、お兄ちゃん。ママがね、これ、持っていってって!」  差し出されたそれは、大きな弁当箱。 「馬車の中で召し上がっていただこうと思って作ったんですけど……。渡すタイミングがなくて」  先ほどのいざこざを見ていたのだろう、ジーナは少し気まずそうだった。マルクが「ん!」と催促してきたので、クリンはありがたく受け取る。 「ありがとうございます。いただきます」 「傷みにくいものを作ったつもりですけど、早めに食べてくださいね」 「はい」  もしかしてジーナも……と勘繰(かんぐ)ってしまったが、出会った時と同じような温かい笑顔を向けられて、ホッと安堵する。
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