第四話 再会は、またしても

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 ラブレスの町へは順調にたどり着いた。  リヴァーレ族に襲われたあの村よりも大きく、お洒落で洗練された町並だ。 「それじゃあ、二人とも。今日は本当にありがとう」  停留所にて、馬車を降りるなりクリンは改めて礼を言った。 「なに水くさいこと言ってるのよ。二人も宿で一泊するんでしょう? せっかくだから同じ宿でお部屋とりましょ。タダよ、タダ」  別れを切り出そうとしたクリンに、語尾にハートマークをつけてマリアがペンダントをかざす。聖女のペンダントがあれば代価を払うことなく利用できるのだ。  ミサキは「聖女らしくないわよ」と小言を言いながらも、やはり賛成のようだ。 「クリンさんたちも、ぜひご一緒に。出会った時に散々お世話になりましたし。そういえばお借りしたお金も返せてないですよね」 「ありがとう。それじゃあ、今日のこれでチャラってことにしてもらえるかな」 「そうしていただけると、こちらも助かります」 「俺、腹へったー」 「あんたは遠慮しろ」  気を遣い合う年上組の横で、罵り合う年下組。賑やかな四人は、聖女様ご一行ということで少し高級な宿に泊まった。  一緒の夕飯を済ませ、案内されたのは四人それぞれに与えられた一人部屋。幼い頃から同室だった兄弟にとっては初めての個室である。  大きめのクローゼットに、個室に備え付けのユニットバス。広々とした空間に、一人で寝るには大きすぎるようなベッド。ここ数日の野宿とはうって変わってのVIPな夜に、クリンは思わず笑いがこみあげる。  しかし、あまりの静けさにどうにも落ち着かない。  荷物の整理を早々に終わらせたあとは、けっきょく手持ち無沙汰になって、ラウンジへ向かうことにした。 「またしても、偶然ですね。ご一緒しても?」  三階建ての最上階、広めのラウンジ。ふかふかのソファに座って本を読んでいたクリンに声をかけてきたのは、ミサキだった。  いつぞやも宿のエントランスで、こうして二人で話したことを思い出し、クリンは小さく笑った。 「もちろん。どうぞどうぞ」 「あら……、やっぱりお勉強の邪魔をしてしまいましたね」 「いや、一度読んだ本だから気にしないで」  向かい側のソファに腰をおろしながら、ミサキはクリンの手元にあった本に気がついた。  今日の本は『遺伝子のしくみ』だ。   「いつも、こうしてセナさんのためにお勉強されていたのですね」 「これしかしてやれないからな」 「そんなことはありません。そばに誰かがいてくれるというのはきっと心強いものです」 「ありがとう。お互い、付き人っていうのは大変だね」 「ふふ、本当ですね」  互いに笑い合ったあと、ミサキは遠慮がちにクリンの手元を見る。伏せた目線の先、その本のタイトルに、クリンはミサキの言いたいことがわかったような気がした。 「いいよ、聞いても」 「……すみません」 「いや、隠すようなことでもないし。けど、よくわかったね」 「クリンさんが……馬車で『遺伝的なことを』とおっしゃった時に、なんとなくご自分が含まれていないような言い方だったので」 「ああ……」  納得しながら、クリンはテーブルの上にその本を置いた。  実はクリンとセナには、血の繋がりはない。正確にはセナだけが、である。  クリンが一歳になる頃、両親がどこからか生まれたてのセナを引き取ってきたということは、故郷では周知の事実である。  それから十五年。セナの両親がどこにいるのかも、どんな人なのかもわからない。唯一それを知る両親は、(かたく)なに教えようとはしてくれなかった。 「では、もしかしたらご両親に聞けば、セナくんの力のことがわかるのでは?」 「もちろん聞いたよ。でも、何も知らない、病気に関しては経過観察中だって」 「……はぐらかされた、と」 「うん。だからこれ以上、村にいても無駄だって思ったんだ。引き止められるのもわかっていたから、家出みたいになってしまった」 「そうだったんですね」  だから、ゲミア民族がセナのルーツなのかもしれない。じゅうぶん行ってみる価値はあると思う。クリンはそう締め括った。 「リストラル地方ですか……。では、二人はこのまま北東ルートを辿るのですね」 「ああ。ミサキたちはリンドワ王国へ向かうんだろう? 南東ルートだ」 「はい」 「明日でお別れだね。またどこかで会えるといいけど」 「そう……ですね」  ミサキはそう返すと、物憂げな表情を浮かべた。  しかし、それ以上何も言うことはなく、二人は取り留めもない話題に移っていった。
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