第四話 再会は、またしても

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 聖女様ご一行の馬車は、やや南に向かいながら東を目指していた。  わりと栄えていた街並みはとうに遠ざかり、左右に広がる田園風景を、ただひたすら走る。 「のどかねぇ」 「そーだな」  窓を退屈そうに眺めるマリアとセナの向かいで、クリンとミサキは並んで辞典を覗き込んでいる。 「リストラル言語は文法が同じなので、あとは単語を入れ替えるだけです。大丈夫、すぐ慣れますよ」  クリンがリストラル言語の復習を始めると、意外にもミサキが堪能だったということがわかり、指導してもらうことになった。  なんと、ミサキは五カ国語を話せるマルチリンガルらしい。 「えっと、『ヴァイ ラ クリン・ランジェストン。ユン ラ ミサキ・ホワイシア ファムナ?』」 「そうですそうです、『グァルフ』」 「えっと、‘よろしく’だっけ。『グァルフ』」 「発音がとても綺麗ですね、クリンさん」 「や、それは照れる……」  そんなつもりはないのだろうが、完全に二人の世界である。 「ほんと、のどかねぇ」 「ああ、そーだな」  年下組が空気になりつつあることにまったく気づかず、クリンとミサキは語学の授業に盛り上がるのだった。  そんな穏やかな日々も、長くは続かなかった。  幾日か過ぎ去り馬車はだいぶ進んで、国境へ近づいてきた。田園風景はとっくに終わり、今は森の中を走行中である。この森を抜ければ国境。やっと次の国へ入れるのだが…… 「何か来る」  セナの低い声が、緊張を生んだ。  つられて窓を見ると、馬に乗った黒ずくめの男たちがこの馬車の左右を取り囲んでいた。フードを被っており顔は見えないが、その手には大振りの剣が握られている。  馬車がガタンと揺れて、止まった。 「きゃっ」  全員が受け身を取ってなんとか転ぶことは避けられたが、揺れの拍子に辞書がばさりと床に落ちた。 「俺が行ったら、急いで鍵をかけろ。絶対に開けるなよ」 「おい!」  すかさずセナが立ち上がり、ドアを乱暴に開ける。クリンの制止が飛ぶよりも早く、セナは外へ飛び降りてしまった。  そこへ、馬に乗った男が剣を向けてきた。どうやら穏便に話をしようという気はなさそうだ。 「ミサキ、ミサキ! しっかりして」  鍵をかけて窓の外にばかり気を取られていたが、クリンはマリアのその声にハッと客車内へ視線を戻した。  どうしたことか、ミサキの横顔は驚くほど真っ青だった。 「あ……。ああ、いや……」 「ミサキ、大丈夫だから。気をしっかりもって」 「いやっ! いや、いや、いや!」  マリアの声が聞こえているのかいないのか、ミサキは頭を抱えてぶんぶん首を振っている。全身を奮わせ取り乱す様子が、尋常でないことを物語っている。 「どうしたんだ、ミサキ」  セナのことは気になるが、とりあえず彼女を落ち着かせたほうがいいかもしれない。クリンがミサキの肩に手を置いた、その時だった。  ぐらりと視界が揺れて、体は大きく傾き宙に浮いた。 「うわっ」 「きゃあ──!」  クリンたちの乗った馬車が襲撃者によって倒されたのだと知り得たのは、外にいたセナだけだった。 「クリン! ……のやろう!」  気がつけば馬に乗ったならず者が、三人、四人……茂みの脇に、まだ潜んでいるのがわかる。  最初に襲ってきた一人は、セナが倒した。もう一人襲いかかってきたタイミングで、別の奴らに馬車を倒されてしまったのだ。さすがに多勢に無勢である。  刃物をもつ相手に素手でやり合うのは至難であるが、セナはそれでもまた一人、二人と地面に沈めていく。だが、どうあっても仲間を救出するには手が足りない。 「おい、見つけたぞ。こいつじゃないか?」 「ミサキ!」  セナの隙をついて、男たちは馬車からミサキを引きずり出した。ミサキは頭から血を流し、気を失っているようだ。 「へへ。聖女様だ、高く売れるぜ」 「大事な商品だ、傷つけるなよ」 「ミサキ! おい、やめろ! くそっ……」  助けに行こうにも、他の奴らが邪魔をして身動きが取れない。 「よし。あとは置いていけ!」  男たちはミサキを担ぐと攻撃を一斉にやめ、一目散に森の中に逃げていった。セナに倒された男たちも、他の者に回収されてしまったようだ。 「待て! ちくしょう……! ちくしょう!」  どうする。  迷って、馬車を見る。静かになった馬車に一抹の不安を覚えたが、ぎりっと奥歯を噛んで、セナは森の中に飛び込んでいった。 「クリン、クリン」  呼び声に目を覚ますと、覗き込んでいたのは弟のセナだった。 「セナ……痛った」  体を起こそうとしたが、全身に激しい痛みを感じてクリンは顔をしかめた。ゆっくりと上半身を起こしながら周囲を確認すれば、すぐ近くに倒れた馬車が見える。馬はどこかに走っていったようだ。御者は息絶えてしまったのか、地面に伏したまま動かない。  すぐ隣には、気を失っているマリアの姿。しかしそこに、ミサキの姿はない。 「マリア。なあ、マリア」 「ん……」  幸い大きな怪我は見受けられなかったが、体を揺さぶるのはやめてクリンが声をかけると、マリアはすぐに目を覚ました。 「クリン……。えっと、どうなってるんだっけ」  やはりどこか痛めたのか、マリアも顔をしかめながら起き上がった。
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