第四話 再会は、またしても

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 クリンたちの記憶は、黒ずくめの男たちに襲われて馬車を倒された時で止まっている。  ミサキが聖女と間違われて連れ去られたと聞いて、マリアはさすがに動揺を隠せないようだった。  セナは男たちのあとを追い、アジトを特定したらしい。単身で乗り込むのは悪手だと考え、いったんここへ戻り、クリンとマリアを倒れた馬車から運び出した。 「森の奥にある小屋。そこがあいつらの根城だ」 「あんた、そこまでわかったのに、何のこのこ一人で帰って来てるのよ!?」  マリアがセナの胸ぐらを掴むので、クリンが慌てて止めに入った。 「マリア、落ち着け」 「しかたねえだろ。策もなく一人で乗り込んで、ミサキを人質にでも取られてみろ。身動きできなくなって、やられるのが関の山だ」 「だからいったん戻ってきたっていうの!? 女の子なのよ。どんな酷い目に遭ってるかもしれないのに!」 「あいつらは『大事な商品だ、傷つけるな』って言ってた。酷いことはしないと思う」 「そんなのわからないじゃない!」  ぐぐっと胸ぐらを掴む手に力を入れて、マリアはセナを睨んでいる。セナの力ならば簡単に振り払えそうなものだが、彼がそうしなかったのは自責の念があるからだろうか。  マリアの手を横から包んで、今度こそクリンは仲裁に入った。 「マリア、冷静になるんだ。セナの判断は賢明だった。誰かを責めるより、やるべきことがあるだろう」 「……っ」 「大丈夫。必ず助け出そう」  マリアは悔しさでその目に涙をためた。  奴らは最初から聖女を狙っていた。ミサキは自分と間違われたのだ。 「お願い……ミサキを助けて」 「うん。もちろんだ」  クリンの力強い返答に、マリアはようやくセナを解放する。こうして、四人はまたしてもトラブルに見舞われるのであった。 「やっぱり、(おとり)作戦がいいと思うわ。わざと捕まって中に潜入するの」 「ま、妥当だよな」  足首にくるくる包帯を巻かれていくのを見ながら、マリアはそう言った。ありがちな作戦ではあるが、同意したのはセナだ。 「問題は誰が行くか、だよな」 「やっぱり商品価値がある女の子がいいと思う。あたしが行ってミサキを救出したあと、中から合図するわ。そこにあんたたちが突入して、その隙にあたしたちは脱出。どう?」 「待て。お前に商品価値があるのか?」 「はっ倒すわよあんた! 痛たっ……」 「ケンカしない。マリアも暴れないで。ほら、終わったよ」  二人の言い合いを制止し、クリンはマリアの包帯を巻き終える。馬車が倒れた時に軽い捻挫をしたようだが、聖女は自分自身に治癒術をかけても効果がないらしい。 「へぇ、本当に上手ね。ありがとう」 「自分のことは治療できないとか、たいしたことねえんだな、聖女サマも」 「いちいちうるさいわね!」 「いい加減にしなさい。ちっとも話が進まない」  またしても口論になりそうな二人に、クリンはポカポカとげんこつをお見舞いする。「理不尽だわ」と唸るマリアへ、クリンは不安げに尋ねた。 「たしかに、王道とは言えその作戦が一番良さそうだ。ただ、一番危険な役目をマリアに任せることになってしまうよ」 「のぞむところよ。そもそも、狙われたのはあたしだもの。一体どこの誰が何を企んでるのかしらないけど、売られた喧嘩は受けてたつわ」 「聖女って、そんなに頻繁に狙われるもんなのか?」  また話の腰を折ったのはセナだ。しかしながら、たしかに素朴な疑問である。世界中から崇められている存在、聖女。感謝や尊敬の念を送られることはあっても、恨まれたりすることはないと思っていた。 「そうね、あんまりそのケースはないわね。でも、ここは国境付近だもの。奴隷として売るには聖女って存在は、おいしいわよね」 「奴隷制度、か」  クリンは難しい顔をした。  次の国に入れば、がらりと風習が変わる。身分制度が根強くはびこり、いまだに奴隷の売り買いが許容されている社会になるのだ。 「もしかしたら、あの豪華な馬車がいけなかったかもしれない。聖女ご一行ですって看板ぶら下げているようなものよね。気をつけるわ」 「……うん」  それでもピンポイントで聖女と決めつけるだろうか。そう疑問には思ったが、今はそれどころではないので、クリンは押し黙った。  馬車が盛大に揺れる。  まだ子どもだった自分の体は、あっけなく外に放り出された。  全身に激しい痛みが走り、迫りくる死に心臓は早鐘を打つ。聞こえてくる大人たちの悲鳴、怒号。遠ざかる意識の中、自分を抱きかかえてくれた腕のぬくもり……。  そこで、幼いミサキは意識を手放した。 「……!」 「気がついた。ミサキ、痛いところはない?」  薄暗い場所。カビた木材の匂い。開けた瞳に入ってきたのは、自分を心配そうに覗き込むマリアの姿だった。 「マリア」 「しっ。静かに」  意識がしっかり戻ってきたところで、周囲を確認する。埃っぽい木造の部屋。木の板で雑に覆われた窓からは、うっすら外の光が差し込んでいた。  そこにいるのは、マリアと自分だけ。どうやら閉じ込められているようだ。
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