第四話 再会は、またしても

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 さて、気を失ったままの賊の始末だが。クリンたちは彼らを縛り上げ、倒された馬車の近く、街道脇の木にくくりつけた。しばらくすれば国境の警備隊が捕まえてくれるだろう。 「やっぱ全然効いてねーよ」 「おかしいなぁ」  いまだに傷だらけのセナと、治癒術を発動させながら首を傾げるマリア。クリンとミサキはその横で固唾を飲んで見守っている。  徒歩での移動を余儀なくされた一行は、出発前にセナの治療をすることにした。だが、なぜかマリアの術が効かないのだ。 「もういいよ、どうせすぐ治るし。歩けないわけじゃない」 「でも……。なんでだろう、治癒術が効かないなんて初めてだわ」 「どうせこの変な体質のせいだろ。それよりミサキを見てやれよ。襲われた時、頭から血ぃ出てたぞ」  マリアは「えっ」と叫び、さっさとセナを放置して親友を診る。出血はもう止まっていたが、傷はうっすらと腫れ上がっていた。 「ありがとう。マリアの治癒術って、気持ちいいわよね」  そう微笑みながらも、ミサキの顔色は優れず疲労感が漂っていた。 「ねえ、ミサキ。本当に大丈夫? あの……何か、思い出したり……」  マリアの遠慮がちなその問いかけに、ミサキはゆっくりと首を振って否定する。  そんな二人のやり取りを眺めて、クリンは馬車が襲われた時の彼女の様子を思い出した。襲われたことをただ不安に感じたというには、あの怯え方は尋常じゃなかった。 「もしも答えたくないならいいんだけど。もしかして、前にも似たような目に遭ったことがあるのか?」  トラウマ。彼女の症状は、まさにそれに近かった。 「……はい。実は私、五年前にも馬車で襲われているんです。相手はリヴァーレ族でした」 「リヴァーレ族」 「はい。ですが、その時のことはあまり覚えていなくて。十二の時だったので、おそらく両親と一緒だったと思うんですけど……」  そこでミサキは目を伏せる。  クリンは察した。両親は、亡くなったのだろう。 「命からがら逃げきって、プレミネンス教会のある領地にたどり着いたそうです。街道の入り口で倒れている私を見つけてくれた方が教会まで運んで手当てをしてくださったと聞いています。ただ……」 「?」 「私、その時のことも、それ以前のことも覚えていなくて……自分が誰なのかも、何もわからないんです」  ──記憶喪失。  その言葉がクリンの頭をよぎる。 「そっか……。だからさっき、馬車で」 「ええ。でも、肝心なことは何も思い出せませんでした」 「無理して思い出そうとしなくていいわよ。あたしがいるじゃない」  マリアの激励に、ミサキはくすりと笑う。  彼女たちは、五年前のその時に知り合ったそうだ。  ミサキは身よりもないことから、教会が運営する孤児院で世話になることになった。一方、聖女として修行中だったマリアは、たびたびその孤児院を訪れては子どもたちと遊んであげていたらしい。  そうして二人は出会い、マリアが彼女にミサキという名を授けたことで彼女たちの仲は深まり、今に至るというわけだ。 「そういうわけでして。得体の知れない私ではありますが、今後もご一緒してくださいますか?」 「そんなの! 当たり前だろ。ミサキはミサキだよ」 「ま、得体が知れないことに関しちゃ、俺も負けてないからな」 「たしかにそうね」 「おいコラ」  相変わらず火花を散らすセナとマリアをたしなめながら、クリンはミサキについて考えていた。  目を奪われるほど美しい立ち振る舞い。上品な物言いに、五カ国語を話せる教養の持ち主。もしかして、彼女はなかなかのお嬢様だったのではないだろうか。  そこまで想像するとなぜだか胸の奥が重たく感じて、そのよくわからない症状にクリンは首を傾げた。  馬車を失った一行は、歩き続けた。国境の関所を抜け、近くの町へ向かって街道を歩き続ける。その風景は、国を抜ける前に比べるとはるかに見劣りするものだった。  街道を照らす灯りは本数が少なく、整備がいき届いていないのか壊れているものもあり、真夜中ならば心許ないだろう。  旅人が落としていったのか、道の端にはゴミだったり衣類だったり、様々なものが目についた。    そして目に入ってきたのは、大きな看板である。そこに書いてある文字に、四人は同様に顔をしかめた。 『ここから二キロ先の町  生きのいい奴隷、今なら二割引』 「くそみてえな国だな」 「はい。ですが身分で秩序が成り立ち、身分による競争が社会の発展を促すのも事実です。奴隷によって支えられた経済もありますから、なかなかこの制度はなくなりません」 「はっ。胸糞わるい」 「ええ。それは同感です」  セナが吐き捨てた言葉に、ミサキも厳しい顔で頷く。  クリンはその看板を通り過ぎながら、生まれ故郷がいかに豊かで優しい国だったかを痛感していた。  近くの町はお世辞にも衛生的とは言えず、聖女様ご一行ということで案内された宿も不潔極まりなかった。  医師という職業柄、衛生には何より厳しかった両親をもつクリンは、「野宿よりマシ野宿よりマシ」と自分に言い聞かせながら眠りについたのだった。  さて。  この広いリンドワ王国で聖地巡礼の教会がある都市は、馬車を乗り継いで二週間ほど進んだところにあるが……。クリンたちの目的地へは、いったいいつになったら辿りつけるのやら。
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