第五話 奴隷の町

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 出された夕食はこの町ではわりと豪華なほうだったと思う。どれも美味しくて、お腹がいっぱいになってしまった。……のだが。 「あー、やっぱり汚い。このシーツ、いつ洗ったんだと思う?」 「寝れりゃ、なんでもいいだろ」 「う〜〜……。最悪だ。窓も壊れててちゃんと閉まらないし」 「隙間風くらい平気だっての、うるせーなー」  せっかく料理は良かったのに、衛生面はひどいものだ。ちょっと泣きそうな兄をうざったそうにあしらって、セナはさっさと布団に入ってしまったが。  クリンも渋々布団に入って、「野宿よりマシ野宿よりマシ野宿よりマシ」とお決まりの呪文を唱えながら、なんとか眠りにつくのだった。  あれほど眠れないかも、と言っていた割に、クリンは意外にもあっさりと眠りこけてしまったようだ。おそらく慣れない環境に疲れてしまっていたのだろう。  そんな兄の眠る姿にため息をついて、セナも重たくなってきた瞼を素直に閉じた時。  ──異変に気がついた。  パッと目を開ければ、窓から風が流れて、真っ暗闇の部屋の中で影が動くのが見えた。 「!?」  ベッドから飛び起きて、セナは壁を背に身構える。すると、頭がクラリと揺れた。なんとか耐えてはみたものの、瞼が異様に重い。その妙な感覚に顔を歪めた時、暗がりの中で何かが動いた。  人だ。  そう認識した時、相手の手が伸びてきたのが見えたので、セナは思い切り横に払った。 「ちっ。大人しくしろ」  相手の舌打ちが聞こえてくる。  と同時に、今度は部屋のドアがキィと音を立て、何か者かが中へと入ってきた。  鍵をかけたのに!  そう思った時、影はセナを捕らえようと二人がかりで襲いかかってきた。  考えていても仕方ないので、ベッドから天井ぎりぎりの高さまで飛んで、それを避ける。そして相手の背後へまわった。  頭がふらつくせいで動きは鈍いが、幸い相手もそこまで鍛えられたような動きではなかった。  だが、狭い部屋に刺客が二人。  距離をとることは叶わず、相手に手首を掴まれてしまった。 「くっ。なんなんだよ、お前ら!」  すかさず反対の拳を振りあげれば、どうやら相手の顔に当たってくれたようで、「ぐぁ」と聞こえた。  しかしセナの声を聞いて、動揺したのは相手のほうだった。 「こいつ、男だぞ!」 「なんだと!? そもそもなんで寝てないんだよ!」 「くそっ」  そんなやりとりの後、闇の中で何かが光った。   「!」  刃物だ。  そう気づいたら、体が反射的に避けていた。わずかな動きでそれをかわしつつ、手刀を繰り広げて相手の手から刃物を落とす。足下に落ちたそれを、思い切り遠くへ蹴り飛ばしてやった。  こちらの身柄を拘束するつもりだったようだが、どうやら予定変更で殺しにかかってきたらしい。  そういうことなら、こちらだって黙ってやられてやるわけにはいかない。相手の出方を伺うために防戦一方だったが、一転、攻撃に出ることにした。  一人の男にターゲットを絞ると、飛びかかる勢いで顔面に拳を叩き込む。男は見事に吹っ飛んで壁に叩きつけられた。 「へ。弱い弱い」  リヴァーレ族や大勢の賊との死闘を繰り広げてきたセナからしてみれば、いくら頭が鈍っているとは言え、ド素人(しろうと)同然の男二人を叩きのめすなんて、わけもない。  呆気に取られてしまったもう一人の間合いに飛び込んでみれば、相手は反撃する余裕もなかったようで、あっさりと殴られてくれた。  まったく手応えもないまま男たちが簡単にノビてくれたので、セナは二人の襟首を引きずり部屋を出た。叩き起こして話を聞こうかとも思ったが、あいにくと眠い。ただただ眠い。というわけで、さっさと警備隊にお縄についてもらおうというわけだ。  フロントに奴らを突き出せば、店主はギョッとしてその男たちを見ている。  防犯対策しっかりしたほうがいいぞ、と釘を刺し部屋に戻ったら、あれほどドタバタしたにも関わらずクリンはまだすやすやと夢の中。 「これは……」  まさか、眠り薬か?  そう理解した時、御馳走になったあの夕飯を思い出した。やたらと豪華だった夕飯。鍵を閉めたはずなのに侵入を許したドア。隙間風の吹く壊れた窓。そして、こちらが男だったことに対する奴らの動揺。 「そういうことか……」  奴らはきっと奴隷売りで、宿の店主はおそらくグルだ。そして狙われたのはおそらく女性陣。ミサキとマリアを眠らせている間に捕まえてしまうつもりだったのだろう。  バカだな、部屋を間違えやがって。  そう笑みをこぼしながら、再びミサキたちが狙われても困るので、彼女たちの部屋の前で見張りをしてやろうと思った。  自分も一服盛られたのか、激しく眠い。だが、この変な体質のせいで薬は効果が薄かったようだ。  やれやれ、とミサキたちの部屋の前で腰をおろし、ドアに寄り掛かったところで。  ──ん? と、頭の中で何かが引っかかった。 『セナさん。上着に汚れがついてますよ』 『すみません、重たくて』  ……あいつ!  金髪を揺らして微笑む美少女の顔が脳裏に浮かんで、全ての点と点が繋がったことを理解する。ミサキはこの宿についた時にすでに身の危険を感じ取り、誰にも気づかれないよう鍵をすり替え、部屋を交換したのだ。  やられた、と自覚したら自然と笑みがこぼれて、もう、眠気はどこかに吹っ飛んでしまっていた。
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