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ケーキ屋の奥はイートインスペースになっていて、四人は個室を用意してもらった。
注文もそこそこに、ミサキが開口一番、本題を切り出す。
「問題なのは、騎士が不在なことです。それを解決しなければなりません」
「ちょっと待った。まず聖地巡礼のシステムを先に説明してくれ」
いきなり話の腰を折るセナの質問ももっともで、兄弟は今回が初めて巡礼に立ち会うのだ。そもそも巡礼とは何をするのか。儀式とは? そこになぜ騎士がいなければならないのか。根本的なシステムがわかっていないので、アドバイスの仕様がない。
ミサキは「それもそうですね」と納得し、順を追って説明してくれた。
まず聖地巡礼とは、任務を与えられた聖女が世界各地に点在する教会を訪れて力を蓄えることである。
「巡礼の場所は任務によって異なります。プレミネンス教会の最高峰・教皇様による術で宣告されるらしいですよ」
「聖女の任務はランダムで決まるのか?」
「いいえ。術の性質・資質・威力によって割り振られるようです。こちらも同様にしてお告げがあるそうですよ。また、ひとつの任務には複数の聖女が割り当てられます。保険でもあり、競争意識を促すためでもあるのでしょうね」
「出た。ここでも『競争社会』か」
セナの悪態に苦笑しつつ、ミサキは説明を続ける。
巡礼にはいくつかルールが存在する。ペンダントを肌身離さず着用し、けっして悪用しないこと。聖女の威厳・品格を損なってはいけないこと。
「また、任務は必ず遂行しなければならず、脱落は認められません」
「厳しいな。どうしても任務ができない場合もあるだろう? 怪我や病気とか」
「はい。そういう方は、療養ということで延期が認められ、いったん帰還が許されますが……」
「正直、飛んじゃう人もいるわね」
クリンとミサキの会話に、マリアがジュースを飲みながら割って入ってきた。
「飛んじゃうって?」
「聖女であることを捨てて、一般の人間として生きるのよ」
「できるの?」
「許されてはいないわね。プレミネンスの顔に泥を塗るわけだから、見つかったら捕まって罰せられるだけよ」
「罰って?」
「さあ。知らないわ。どのみち普通の生活は二度とできないでしょうね」
マリアが淡々と言ってのけたその言葉に、ぞくりと、クリンは身震いしてしまった。脱落を許されない聖地巡礼。何がなんでも成功させなくてはいけないという重圧を、まだ十四歳というマリアはどう捉えているのか、彼女の様子からは計り知れない。
厳しく統制された聖地巡礼には、他にもルールがある。途中で別の者が目的を果たした場合は、教会へ帰還し、新たな任務を遂行すること。任務を遂行した聖女は帰還しなければならないこと。最後に、基本的には騎士を伴わなければならないこと。
「ここで、また騎士か」
「はい。巡礼には欠かせない存在と言われていますが……」
と、ミサキはマリアを見て口を濁らせる。
「騎士不在でもなんとかなるというのを、マリアが現在進行形で証明していますね」
「なるほど」
「騎士って何するの?」
「それについては、私は儀式の間に入ることができないため知り得ませんので……」
と、一斉に視線が注がれたので、「はいはい」とマリアはジュースのストローから口を離した。
「騎士が必要なのは、儀式じゃなくてその前にある試練なの」
騎士の説明をするには、まず試練の話からしなければならない。
「順を追うとね。儀式の前に、聖石の浄化という試練があるの」
「聖石?」
「聖なる石のことなんだけどね。その試練に合格した人だけが儀式を許されるのよ」
「聖石の浄化って難しいのか?」
「うーん。試練の方法が教会によって違うから、差があるわね。一つ目の教会は宝探しみたいだったわ。いくつもある石ころの中から本物を見つけるの」
「なんだ。簡単そうじゃねえか」
「あら、そう? 手に取れるのは一回だけ、間違えたら首が飛ぶっていうシステムだったけどね」
「……」
セナの質問にマリアが返す。しばらくのそのやり取りが続いていたが、マリアの最後の一言でその場にしん、と静寂が訪れた。一瞬だが、ここだけ室温が氷点下になったような気さえする。
おずおずと手を上げて質問したのは、クリンだ。
「ちょ、ちょっと待って。聖地巡礼の儀式って、命の危険が伴うの?」
「え? 知らなかったの? もちろん、失敗したら死ぬわよ。そんな試験もクリアできないような弱い聖女が、世界を救えるはずないじゃない」
今更、何言ってるの? と、マリアはきょとんとしているが、クリンとセナにとっては寝耳に水である。
「いやでも、さすがに一回きりの試練で命を落とすなんて、あんまりじゃないか? もちろん一回リタイアして再チャレンジはできるんだろ?」
「できないわ」
「ええ……」
「死線を乗り越えた時にこそ、聖女の力は増幅されるんですって。だから、生き延びるしか道はないのよ」
「……」
戸惑うこちらをよそに、淡々と語るマリアの表情は冷めたものだった。
「ま、だから騎士が必要なんでしょうね。先陣を切ってくれればワンチャン増えるわけだし、身も守れる」
「いっこ疑問なんだけどさ。そんな危険な仕事なのに、騎士になりたいなんてアホいんの?」
セナの疑問はもっともだったが、アレイナの後ろには複数の騎士がいた。彼らが騎士になるメリットとは、なんだろう。
「あんたにはわかんないでしょうけどね。プレミネンス教会のある国ネオジロンド教国じゃ、聖女の騎士になるっていうのは一族の名誉なのよ。国から爵位をもらえたり、褒賞金がもらえたりするの。だから家族のため騎士になる人も多いのよ。代々騎士の家系っていう家もあるし、騎士になるための学校だってあるんだから」
「名誉ぉ? そんなもんのために命懸けんのか。変な国」
「あんたねぇ」
またしてもいがみ合う年下組を眺めながら、クリンはマリアを追ってきたオレンジ色の髪の青年を思い出す。
「あのトーマって人も、ネオジロンドの人なのかな?」
「うん、まあね……」
トーマの話は触れてほしくないのか、マリアの表情が少しだけ曇ったので、クリンは質問を変えた。
「儀式の時に入る騎士って何人でもいいの?」
「ううん、儀式の間に入れるのは一人だけ。別に毎回同じ人じゃなくてもいいみたいだけど」
「侍女は?」
「入れないわ。入り口の外で待機。そして万が一聖女が失敗したら、その遺体を家族のもとに届けるのよ」
「……」
遺体。さすがの重たいキーワードに、クリンもセナも完全にドン引きである。
「わかってるのよ。騎士が必要なんだって。自分のために命をかけてくれる存在がいるなんて幸せよね。人に命をかけてもらえるほど価値のある聖女ってことだもんね」
でも、と。マリアはケーキにフォークを突き刺す。
「いないんだから、しょーがないわ。別に私は一人でもやってこれたんだし、これからだってなんとかなるわよ」
クリンとセナは顔を見合わせた。
マリアの旅がこれほど過酷なものとは思わなかった。好きで聖女として生まれたわけでもないのに、強制的にそんな義務を課せられるなんて、あんまりではないか。
「マリアは、辞めたいって思わないのか?」
「考えたことないわ。あたし、赤ん坊の頃に聖女だって発覚したみたいで、ずっとプレミネンス教会にいたから。あたしの常識として出来あがっちゃってるのよね」
「怖いって、思わない?」
「……クリンは、あたしに旅を辞めさせたいの?」
「違うよ、ただ……。いや、ごめん」
マリアが少しムッとしたので、クリンは慌てて取り繕った。
次の言葉はさすがに口にはできない。
『ただ、それは奴隷とどう違うのか』と。
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