第六話 かりそめの

4/9

97人が本棚に入れています
本棚に追加
/327ページ
 少しだけ不穏な空気が訪れたが、ミサキが「では」と、それを打ち破った。 「本題に戻りますね。今までは騎士が不在でも中に通してもらえていましたが、今回だけは騎士が必須条件のようです。そこで、私から提案があります」  背筋をぴっと伸ばすと、ミサキはセナに向かって深々と頭を下げた。 「セナさん。どうか今回限り、マリアの騎士になってください」 「はぁっ!?」  叫んだのはセナではなく、マリアである。 「冗談でしょ、ミサキ。セナに騎士がつとまるわけないじゃない。よく見て、あの気品をいっさい感じられない顔つきを」 「おまえ、いい性格してるよなホント」 「あんたは黙ってなさいよ永遠に!」 「それ死ねって言ってないか!?」 「ほら、お二人、とっても息がぴったりですし」 「「ぴったりじゃない!!」」  またしてもガルルルタイムに入ってしまったので、クリンが「まあまあ」とたしなめる。建設的な話がちっともできやしない。  しかし、セナが騎士とは。兄弟にこんなことを言うのはどうかと思うが、正直言ってこの兄ですら、セナの騎士姿は想像できない。姿格好(かっこう)はともかくとして、騎士としての資質はいかほどのものだろう。  それよりも、つい先ほど危険な試練の話を聞いたばかりだ。 「ミサキ。もう少し詳しく説明してくれる?」 「はい。とにかく今、必要なのはあの門を通ることです。そこをクリアしなければ何も始まりませんから。ですからセナさんに騎士として御同伴いただければと思うのです」 「騎士になるには何か制限みたいなのが生まれたりするの? 例えば、一度契約すれば巡礼が終わるまで一緒にいなきゃいけないとか」 「いいえ、そんなことはありません。印をつけたりなど体に残るようなものもございませんし」 「服装だけ騎士の格好して、門を通ればいいってことかな?」 「そうです。門さえ通ってしまえば、後はなんとでもなるかと。マリアだけ先に試練の間に入ってドアを閉めてしまうとか」 「ということは、セナが危険な目に巻き込まれることはないってことだよね?」 「……はい、その通りです」  ミサキは困ったように笑った。  クリンがあまりにもセナの安全を優先することに、マリアの同行者としては呆れてしまったかもしれない。しかし、クリンにとってウエイトを占めているのは、いつだって弟の存在だ。 「それなら、僕から言うことはないや。セナが決めろよ」 「俺か。俺は……」  じっと、三人の視線が重なる。セナはそれを一身に受けながら、とくに考えるそぶりを見せずにあっさりと返事を返した。 「いいよ、やっても」 「本当ですか!?」 「ただし、条件がある」  セナはピッと三本の指を立てた。 「貸し三つだ。ただし、お前が全部返すこと」 「はぁ? あたし!?」 「当たり前だろ、お前の案件だろうが」 「〜〜〜〜っ。わかったわよ!」 「お願いしますが聞こえませ〜ん」 「おっ……おねがい、します」  わなわなと屈辱に耐えるマリアを見て、セナは満足そうにふんぞり返る。こうして一人の騎士がここに誕生したのだった。ハリボテの騎士だが。  コスプレや七五三という概念が存在しないこの世界で、セナのそれをどう表現するべきか。  洋品店で、ああでもないこうでもないとうるさい女性陣に散々試着させられ、ようやく一式購入したのは、普段のセナからは想像もできないほど凛々(りり)しくて洗練された衣装だった。  セナの青い髪に合わせて、白の布地に青ラインが入ったロングサーコートと、白い刺繍が施された青のジャケットマント。ボタンやベルトなどの小物は、瞳と同じ金色で統一感を出している。腰に帯びた剣は深い青の(さや)におさめられており、(つか)には美しい金の装飾が施された上質なものだった。全身を白・青・金の三色でトータルコーディネートし、バランスの良い仕上がりになった。 「ざっとこんなもんでしょ」 「あとは髪の毛ですね。固めて全部うしろにもっていきましょう」 「俺、あっちがよかった……」 「いやよ、あんなむさくるしい甲冑」  全身を覆うプレートアーマーを指差したセナをバッサリ否定して、女性陣は今度は髪の毛をいじる。  頭をぐわんぐわん揺らされ、ワックスでベタベタにされていく髪の毛。洋品店に入った時から抵抗を続けていたセナも、もうすべてを諦めて考えるのを放棄した。  余談だが、できあがったセナの騎士姿を見てこれでもかと笑い転げたのは、兄のクリンである。  アレイナの儀式は、(から)くも成功したと噂で聞いた。騎士が一人犠牲になったらしいが、アレイナは無事だったようだ。  マリアたちは再び教会を訪れる。最初はうんざりな顔を見せた門番だったが、後ろのセナを見てギョッと顔を強張らせた。先ほどは居なかった騎士に、驚きを隠せないようだ。 「マリア・クラークスです。お申しつけ通り、騎士を連れて参りました。中へ通してください」  門番の老人は、ガタンと音を立てて立ち上がる。守衛室から出てくるなり、その視線を上から下から、セナの全身へ注いだ。  あまりにも早いリベンジとは言え、驚きすぎではないだろうか。まるで亡き者でも見ているかのようだ。 「もしかして、偽物だってバレたんじゃないか?」 「いえ、そんなはずは……」  うしろでクリンとミサキが不安げに見守る中、マリアが「あの」と催促すると、男はハッと仕事を思い出して門を開けた。 「お連れできるのは騎士様とお連れ様一名ずつでございます」 「クリン、ごめんね」 「わかってる。頑張って」  騎士としてセナが、同伴者としてミサキが付き添うため、クリンは一人、門の前で待たされることになった。門の奥へ入っていく彼らを、無事を祈りながら見送る。その横で、門番の表情が青ざめていることに、クリンは気づかなかった。
/327ページ

最初のコメントを投稿しよう!

97人が本棚に入れています
本棚に追加