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少しだけ不穏な空気が訪れたが、ミサキが「では」と、それを打ち破った。
「本題に戻りますね。今までは騎士が不在でも中に通してもらえていましたが、今回だけは騎士が必須条件のようです。そこで、私から提案があります」
背筋をぴっと伸ばすと、ミサキはセナに向かって深々と頭を下げた。
「セナさん。どうか今回限り、マリアの騎士になってください」
「はぁっ!?」
叫んだのはセナではなく、マリアである。
「冗談でしょ、ミサキ。セナに騎士がつとまるわけないじゃない。よく見て、あの気品をいっさい感じられない顔つきを」
「おまえ、いい性格してるよなホント」
「あんたは黙ってなさいよ永遠に!」
「それ死ねって言ってないか!?」
「ほら、お二人、とっても息がぴったりですし」
「「ぴったりじゃない!!」」
またしてもガルルルタイムに入ってしまったので、クリンが「まあまあ」とたしなめる。建設的な話がちっともできやしない。
しかし、セナが騎士とは。兄弟にこんなことを言うのはどうかと思うが、正直言ってこの兄ですら、セナの騎士姿は想像できない。姿格好はともかくとして、騎士としての資質はいかほどのものだろう。
それよりも、つい先ほど危険な試練の話を聞いたばかりだ。
「ミサキ。もう少し詳しく説明してくれる?」
「はい。とにかく今、必要なのはあの門を通ることです。そこをクリアしなければ何も始まりませんから。ですからセナさんに騎士として御同伴いただければと思うのです」
「騎士になるには何か制限みたいなのが生まれたりするの? 例えば、一度契約すれば巡礼が終わるまで一緒にいなきゃいけないとか」
「いいえ、そんなことはありません。印をつけたりなど体に残るようなものもございませんし」
「服装だけ騎士の格好して、門を通ればいいってことかな?」
「そうです。門さえ通ってしまえば、後はなんとでもなるかと。マリアだけ先に試練の間に入ってドアを閉めてしまうとか」
「ということは、セナが危険な目に巻き込まれることはないってことだよね?」
「……はい、その通りです」
ミサキは困ったように笑った。
クリンがあまりにもセナの安全を優先することに、マリアの同行者としては呆れてしまったかもしれない。しかし、クリンにとってウエイトを占めているのは、いつだって弟の存在だ。
「それなら、僕から言うことはないや。セナが決めろよ」
「俺か。俺は……」
じっと、三人の視線が重なる。セナはそれを一身に受けながら、とくに考えるそぶりを見せずにあっさりと返事を返した。
「いいよ、やっても」
「本当ですか!?」
「ただし、条件がある」
セナはピッと三本の指を立てた。
「貸し三つだ。ただし、お前が全部返すこと」
「はぁ? あたし!?」
「当たり前だろ、お前の案件だろうが」
「〜〜〜〜っ。わかったわよ!」
「お願いしますが聞こえませ〜ん」
「おっ……おねがい、します」
わなわなと屈辱に耐えるマリアを見て、セナは満足そうにふんぞり返る。こうして一人の騎士がここに誕生したのだった。ハリボテの騎士だが。
コスプレや七五三という概念が存在しないこの世界で、セナのそれをどう表現するべきか。
洋品店で、ああでもないこうでもないとうるさい女性陣に散々試着させられ、ようやく一式購入したのは、普段のセナからは想像もできないほど凛々しくて洗練された衣装だった。
セナの青い髪に合わせて、白の布地に青ラインが入ったロングサーコートと、白い刺繍が施された青のジャケットマント。ボタンやベルトなどの小物は、瞳と同じ金色で統一感を出している。腰に帯びた剣は深い青の鞘におさめられており、柄には美しい金の装飾が施された上質なものだった。全身を白・青・金の三色でトータルコーディネートし、バランスの良い仕上がりになった。
「ざっとこんなもんでしょ」
「あとは髪の毛ですね。固めて全部うしろにもっていきましょう」
「俺、あっちがよかった……」
「いやよ、あんなむさくるしい甲冑」
全身を覆うプレートアーマーを指差したセナをバッサリ否定して、女性陣は今度は髪の毛をいじる。
頭をぐわんぐわん揺らされ、ワックスでベタベタにされていく髪の毛。洋品店に入った時から抵抗を続けていたセナも、もうすべてを諦めて考えるのを放棄した。
余談だが、できあがったセナの騎士姿を見てこれでもかと笑い転げたのは、兄のクリンである。
アレイナの儀式は、辛くも成功したと噂で聞いた。騎士が一人犠牲になったらしいが、アレイナは無事だったようだ。
マリアたちは再び教会を訪れる。最初はうんざりな顔を見せた門番だったが、後ろのセナを見てギョッと顔を強張らせた。先ほどは居なかった騎士に、驚きを隠せないようだ。
「マリア・クラークスです。お申しつけ通り、騎士を連れて参りました。中へ通してください」
門番の老人は、ガタンと音を立てて立ち上がる。守衛室から出てくるなり、その視線を上から下から、セナの全身へ注いだ。
あまりにも早いリベンジとは言え、驚きすぎではないだろうか。まるで亡き者でも見ているかのようだ。
「もしかして、偽物だってバレたんじゃないか?」
「いえ、そんなはずは……」
うしろでクリンとミサキが不安げに見守る中、マリアが「あの」と催促すると、男はハッと仕事を思い出して門を開けた。
「お連れできるのは騎士様とお連れ様一名ずつでございます」
「クリン、ごめんね」
「わかってる。頑張って」
騎士としてセナが、同伴者としてミサキが付き添うため、クリンは一人、門の前で待たされることになった。門の奥へ入っていく彼らを、無事を祈りながら見送る。その横で、門番の表情が青ざめていることに、クリンは気づかなかった。
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