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教会の中は、古びてはいたがやはり厳粛な雰囲気に包まれていた。礼拝堂の奥の扉を抜け、長い回廊を歩いていく。ステンドグラスから差し込んだ色とりどりの光が、木の床に美しく反射していた。
「なんか、ジロジロ見られてないか」
「あんたの品のなさがバレバレなんでしょうよ」
「きっとセナさんがかっこいいので見とれているんですよ」
「……それぞれ別方向からバカにしやがって」
信徒たちとすれ違うたび、セナは奇妙な視線を向けられていることに気がついた。
それはリヴァーレ族を退治した村で向けられたような畏怖の目とは違っているようにも思えたが、どちらにせよ気分の良いものではない。やはり、こんなヘンテコな格好をしているせいだろうか。
廊下を抜けるとそこは次の間だった。
中に居た者は、すでに連絡を受けているのかマリアが来たことに驚いた様子はなく、神父の部屋へ案内してくれた。
やはり神父もセナを見て不穏な表情を浮かべていたので、セナはもう、服装があまりにもダサかったのだと決め込むことにした。ミサキとマリアはどうも一般女性とはかけ離れている。おそらく騎士に対するイメージが一般のそれとは違っているのかもしれない。
「やっぱり甲冑にするべきだったんだ」
「その格好も素敵ですよ」
マリアが儀式の支度をするため、ミサキとセナは次の間で待機していた。ワックスで固められた頭をガシガシかいているセナの横で、ミサキはマリアの荷物一式抱えながら、クスクス笑っている。
「聖女様がお見えです。お連れさまは粛々とお出迎えください」
やがて控室から儀式用の衣をまとったマリアが現れる。ミサキがかしこまって頭を下げ「セナさん」と促したので、セナもぎこちなく頭を下げる。
マリアは肩紐のないシルクの白いワンピースを着ていた。デコルテラインを隠すかように、ゆらゆら揺れるオーガンジーの長いショール。どちらも装飾が一切施されていないため、胸元で光る聖女のペンダントだけが目立っていた。
すべてが白で統一された清廉潔白を表現するような服装。そこにポニーテールを下ろしたサラサラの赤い髪は、とても目を引いた。
いつもとは違う、見慣れない姿の知人に、セナはさらなる居心地の悪さを感じてしまった。自分は場違いにもほどがある。
マリアはセナの前まで来ると、手の甲を上にして差し出した。わけがわからないという顔を浮かべるセナに、「早く手を取りなさいよこのマヌケ」というメッセージを込めて、マリアがにっこりと笑う。
伝わったらしい。ひくっと口元を引きつらせながら、セナはそれでも場の空気を読んで、マリアの手を取った。
「これより試練の間へお入りいただきます。儀式の間へは、試練の間の奥にある扉よりお進みください」
案内の者が厳かに扉を開ける。ここでマリアが一人で中に入り、さっさとドアを閉める。その予定だった。
「え」
まさかセナが自ら中に入ってくるとは、誰が予想できたであろうか。
「えええっ」
真っ暗な部屋の中。興味深そうに室内を見渡すセナの横で、マリアはぽかんと口を開いている。
「へー。意外と広そうだな」
「あんた、何やってんのよ!?」
「何って」
「廊下までって約束だったじゃない!」
「約束したのはクリンとミサキだろ? 俺は言ってない」
「死ぬかもしれないのよ」
「まー、なんとかなるんじゃん?」
「……」
あきれたのは数秒。すぐに諦めて、マリアはさっさと試練に集中することにした。この男がどういうつもりなのかは知らないが、もう入ってきたしまった事実は覆しようがない。
部屋は真っ暗だったが、セナとのやりとりをしている間に目が慣れてきたのか、うっすらと認識できるものがあった。
百二十㎡はある室内に家具などはなく、中央に台座のようなものがあるだけ。窓もない。奥の壁に見えるのは、儀式の間だろうか。
「で、どうすればいいんだ?」
「さっき着替えてから説明を聞いたわ。あの台座に置いてある聖石を手に取って、浄化するんですって」
「……それだけなら簡単そうに聞こえるけどな」
「何かトラップがあるんでしょ」
さて。どうするか。不用意に台座に近くのは危険だろう。
と、マリアが思案をめぐらせている横で、セナはまったく別のことを考えていた。
広い試練の間。白い無地の壁に、うちっぱなしの床。質素な作りだというのに、この空間にはどこか神秘的で澄んだ空気が流れている。
アレイナの騎士が亡くなったように、多くの者たちが命を落としたはずなのに、そんなことが初めからなかったかのように、この室内には淀みがないように思えた。
そんな場所故か。不思議なことに、セナはここの景色に親しみだけでなく懐かしさすら感じていた。来たこともないのに。
「で、セナはどう思う?」
「あ? 聞いてなかった」
「……もういい。あんたに相談しても仕方ないわよね」
マリアの声に我に返れば、相方からは盛大なため息が。セナは「へーへー、すんません」と返しながら、まっすぐ台座に向かって歩いて行った。
「ちょ、ちょっと! 危険だってば」
「つっ立ってたって仕方ないだろ? 考えてもわからないなら、動くしかねえじゃん」
「……」
この暴走癖をいつも面倒みているのか、と、マリアはクリンに対して同情と尊敬の念を抱いた。
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