第六話 かりそめの

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 石で作られたシンプルな台座まで来てみたが、とくに何も起こる様子はない。  台座には両手におさまる大きさの丸い石が置かれている。半透明のその石は水晶と思われたが、黒いもやのようなものが中で(うごめ)いていた。  おそるおそる手を伸ばすと、コトッと音がして、それはマリアの手におさまる。  刹那(せつな)。 「危ねえ!」  こちらめがけて、斜め上から炎の玉が飛んできた。  マリアをうしろから抱え、セナはピョンッと後方へ避難する。  炎の玉かと思われたそれは、台座に当たるとゴツッと鈍い音を立てて床を転がった。どうやら炎をまとう石のようだ。    「ちょ、お腹! さわんないで!」 「言ってる場合か!」  息をつく間もなく、次々に多方向から炎の石が飛んでくる。  二人一緒に回避するのは危険だ。攻撃を分散させるため、それぞれ別方向へと飛び散る。  が、炎は聖石にしか興味がないらしい。攻撃はすべてマリアに集中するのだった。 「!」 「くそっ」  慌てて駆け寄り、セナは剣で石をはじいた。   「なんかできないのか、結界みたいなのとか!」 「できるけど、浄化と一緒はムリ」 「んじゃ、この間みたいに雨を降らすとか!」 「ぜんぶ浄化しながらはムリ!」 「ホント無能だな、この聖女」 「なんですって! 熱っ」  口論する余裕もなく、火がマリアの頬をかすめる。炎の石は、壁の上の天井付近にある穴から放たれているようだ。しかしどの穴から放たれるのか、どの角度で落ちてくるのかまったく予想が立てられない。 「ドアに背を!」 「わかってるわよ!」  マリアは炎を避けながら、儀式の間へ続くドアに背を預けた。その前に立ちはだかり、セナが剣で石を落としていく。 「あまり長くはもたないぞ。早く浄化しろ!」 「やってるっての!」  マリアの手の中で、石はこうこうと光り輝く。避けながらも浄化は続けていたが、水晶の(にご)りはなかなか消えそうもない。  しかしその間にも、炎は情け容赦なく降ってくる。 「くっそ……重たいんだよ、どいつもこいつも」  剣も、鎧も、飛んでくるこの石も。  身軽さ第一の格好に慣れているせいで、セナの動きはいつもより鈍い。ましてや今は、これまでのように自分だけ避ければいいという状況ではない。『守る』ということは、これほどに重たいことなのか。 「ちっ」  騎士さながらのポーズで構えていたが、やはり自分には向いていないと悟る。セナは剣を野球のバットのように構えると、次々に炎を打ち落としていった。 「あんただけよ、騎士の剣をそんなふうに扱うのは……」 「なにごとも臨機応変だろ」 「ふ、たしかに」  そんな場合じゃないのに、マリアは笑ってしまった。ここに生粋(きっすい)の騎士が居ようものなら、「騎士の名折れ」だのなんだの、真っ赤になって怒るに違いない。しかし、メンツやプライドで命は守れないのだ。今は彼の要領の良さに救われてしまおう。  聖石はどんどん浄化されていく。  もうすぐ、もうすぐ……! 「!」  しかし抵抗も虚しく、剣のほうが先に根を上げてしまったようだ。甲高い音とともに、折れた刃はあさってのほうへ弾き飛んでいく。  それならばと今度は(さや)で防いでみるが、剣よりも短いためバットのようにスイングすることはできない。  両手で鞘の端と端を持ち、バントの要領でなんとか石を防いではいるが、これでは防御範囲が狭すぎる。 「まだか!?」 「もうちょっと!」  鞘にミシリとヒビが入った。 「できた! 終わったわ!」  本来の輝きを取り戻した聖石は、曇りひとつない透明さで、マリアの手の中におさまっている。  しかし、炎の石はまだ降り止みそうもない。 「あとはこれを台座に戻せば終了よ!」 「よし!」  セナは鞘を投げ捨て、急いでマリアを担ぎ上げた。 「ひゃあっ」  もちろんお姫様抱っこなどではなく、腹部を肩の上に乗せる、いわゆる荷物のようなそれだ。そのままお得意の素早さでピョンピョン飛び跳ねては炎の石を避け、台座へと到着する。  ガクンガクン揺れるので文句も言えない。あとで絶対ひっぱたいてやると誓いつつ、担がれたままの格好でマリアが聖石を戻そうとした時。それはマリアの手から滑り落ち、床へと転がってしまった。 「あっ」  セナから飛び降りて石を拾う。  そんなふうに、ぐずぐずしてしまったせいだ。 「……っ!」 「セナ!」  セナの、苦痛に歪む顔を見た。  身を守る道具は、もう持ち合わせていない。セナはマリアを覆うように台座へ手をかけ、その背中で石を受け止めていたのだ。 「もたもたすんな!」 「っ……ごめん!」  今度こそ、聖石はしっかりと台座に戻された。  最後の炎が再びセナの背中を直撃したその瞬間、聖石は光り輝き、部屋を真っ白に照らしていく。  やがて明るくなった室内で、台座にかけていた手を離してセナは床へ崩れ落ちた。 「セナ!」  セナのジャケットマントがごうごうと炎を帯びている。マリアは急いで雨を降らし、マントのボタンに手をかけた。マントを脱がし、背中にまわって治癒術をかける。  セナの背中はひどく焼けただれていた。ぽたりと、セナの額から脂汗が流れ落ちる。よほど痛いのだろう、ずいぶんと呼吸が荒い。  焼けたマントの匂い。ジュワッと立ち上がる水蒸気。床に転がっていた炎の石も、同様にしてただの石になっていく。 「なんで、なんで効かないの」  やはり治癒術はセナには効かないらしく、マリアがどれだけやっても背中の皮膚は戻らない。 「もう、いいって……。早く、奥に進まなきゃいけないんだろ」 「ばか! いいわけないでしょ。なんで、なんであんたはいつもいつも無茶ばっかりするのよ! おとなしく廊下で待ってればよかったのに!」 「だって楽しそうだったし。一般人はなかなか入れるところじゃねーじゃん」 「それでこんな大怪我してたら世話ないわよ! ばかばか、ほんと馬鹿!」 「お前なぁ、誰のおかげで……」  振り向いたセナが、ぴたりと硬直してしまった。  なぜならマリアの瞳から、大粒の涙が溢れていたから。 「えっ? おま、おいっ。泣くな、泣くのはずるい」 「う、うう……。ううぅ──っ」 「わかった、悪かったよ! だから泣くなって!」 「う、うわぁぁん。ひっ……うぅ──うわぁあ」  スイッチが壊れてしまったのか、マリアは子どものように泣きじゃくった。     本当は嬉しかったのだ。騎士になってくれる人なんて自分にはいないのだと思っていたから。セナにとっては好奇心だったとしても、たとえ、かりそめの騎士でも。自分が初めてちゃんとした(・・・・・・)聖女(・・)になれた気がしたから。 「ごめんね……。ありがと……」  ひっく、ひっくと、しゃくり上げながら(こぼ)した言葉に、セナからの返事はない。だが、くしゃっと頭を撫でてきた手が乱暴なのに温かくて、マリアはさらに泣きじゃくるのだった。
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