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セナはあの後、すぐに高熱を出した。
背中を負傷しているため寝返りを打てないのか眠りが浅く、何度も寝て起きてを繰り返していた。
何度かマリアが治癒術を試みてくれたが、やはりセナの体質が受け付けないのか、なんの効果も得られていない。
「クリンさん。私が付き添いますので、少しは眠ってください」
昼夜ずっと看病に徹していたクリンを心配し、ミサキが交代を申し出てくれた。
「ありがとう。それじゃあ、ちょっとだけお願いしようかな。何かあったら起こして」
「はい」
クリンが隣の部屋に移ったのを見送り、ミサキはセナの眠っているベッド脇、さきほどまでクリンが座っていた椅子へ腰掛けた。
ミサキとセナの二人きり。しんと静まり返った部屋には、セナの荒い呼吸だけが落とされている。
「私が騎士のフリなんか頼んだせいですかね」
目の前の、疲れた顔で眠るセナを見つめ、ミサキは言いようのない気持ちを吐露した。セナからの返事を期待していたわけじゃない。これは懺悔だ。
マリアとともにプレミネンス教会を出て、もう一年以上が経つ。旅に出る前から、様々な苦難があった。
昔から、奴隷の子であるというだけでマリアは平民の聖女よりも格下の扱いを受けていた。
そもそも聖女の位に、一般的な年功序列はあれども優劣は存在しない。その世界に入ってしまえば誰もが同等の立場である。
しかし、ほとんどの子が家族から金銭的支援を受けたり、面会や里帰りがあったりするが、マリアには一度もそれがない。加えて、幼い頃からプレミネンス教会で育てられたため彼女には一般的な常識が欠けているところがある。周囲から浮いてしまう理由としては十分なのだ。
不幸なことに、そんなマリアの世話を買って出てくれるような年長者がいなかった。聖女たちはみな、自分が生き残るために必死なのだから、仕方がないと言えばそれまでだが。
マリアへの一方的な侮辱と嫌がらせは日常的に行われていた。誹謗中傷から始まり、物を隠されたり勉強を妨害されたり、食べ物を故意に捨てられたり。彼女が一般的な月齢よりも低身長低体重なのは、それ所以である。
それでもマリアは、持ち前の気丈さでやり返したりもして笑っていたが。
そんなマリアに与えられた部屋は教会の外にある物置のようなスペースだった。洋服は余りの布から自分で繕い、靴は孤児院のおさがり、勉学に必要なものだけは、なんとか教会から施しを与えられてやり過ごしていた。
そのため巡礼が決まっても、支援者の少なかったマリアは最低限の準備しかできず、儀式に用いる衣装ですらミサキの手作りだった。
だが、騎士探しだけは苦労することはないだろうと思っていた。マリアにはトーマがいたからだ。
彼は一度マリアに聖なる術で命を救ってもらった恩があり、それ以来、ずっとマリアのことを慕っているように思えた。本人も「いつかお役に立ちたいから剣術を勉強している」のだと期待をさせるようなことを言っていたから、彼の返事は当然イエスであると思っていた。
だが、初めは色良い様子だったトーマが後日になってそれを覆した。
「伯爵家の恥になる」と父親から大反対されたようで、父に言われるがまま、あろうことかアレイナの騎士になってしまった。
その時の、一瞬だけ見せたマリアの落胆した表情を、ミサキはずっと忘れられなかった。どれだけ気の強いマリアでも、傷つかないわけがないのだ。
その後、領地にいる他の騎士見習いに騎士を頼んでも、誰一人首を縦に振ってはくれず、ついにマリアは諦めて、「ミサキがいるからいいや」なんて笑っていた。
それがミサキには心苦しかった。自分がずっとそばにいると誓ったところで、なんの力もない自分はただの通訳みたいなもので、かえってトラブルにみまわれた時に助けてもらうのは自分のほうだったりもする。
悔しくて、情けなくて、申し訳ない日々だった。
そんな時に出会った二人の少年は、明るく、強く、優しい眼差しをしていた。兄は賢く、弟は武に長けて、互いを支え合っているような気がした。彼らはマリアが聖女だと知っても、他の女の子となんら変わらない態度で接してくれた。
マリアの笑顔が増えた。
──どちらでもいいから、マリアの騎士になってくれないだろうか。
思わずそんな欲が出た。ラブレスの町で南東ルートに誘ったのは、そんな魂胆から出たものだった。
しばらくの観察を経て、白羽の矢を立てたのはセナだ。
クリンのほうが頼み込めば引き受けてくれそうな気はしたが、彼は「知」で人を導くタイプであって騎士のような頼もしさとは種類が違う。
一方のセナならば、あわよくば試練の間ですら入ってくれそうな無鉄砲さを兼ね備えている。クリンのいない場所ならば、いくらでも丸め込めそうだ。
セナに頭を下げた時、そんな浅ましい考えを持っていたことを否定はしない。誘導する前にセナが試練の間に入ったのは、意外中の意外だったが。
「ごめんなさい……」
試練の間で起こったことは、マリアから聞いた。身を挺して襲いかかる炎の石からかばってくれたのだと。
予想していた通りの結果になったのに、彼の傷を見るだけで、ただひたすら胸を締め付けられる。自分は安全なところにいるくせに人を利用して危険に晒した、とんだ卑怯者である。
「本当に、ごめんなさい」
けれど、後悔はしない。その結果からマリアが救われたのだから。自分はこの罪悪感をしっかりと受け止めて、いつか彼に償おう。
セナの汗を拭って、ミサキはそう心に誓った。
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