第七話 叡智の国

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 彼女の名はコリンナと言った。  年は怖くて聞けなかったが、父のことを話す口ぶりから言って、父と同世代だと思う。 「本当にお父さんそっくりね〜。瓜二つじゃない。似てるって言われない?」 「はい、よく言われます」 「あらあら、声まで同じ! 私、大好きだったのよ、ハロルドの柔らかくて落ち着いた声」 「は、はあ……」  せっかくなのでと相席することになった五人のテーブルで、テンションの高いコリンナに一同は引き気味である。  店は大衆食堂だったため、混雑も手伝って、少しばかり騒がしくても迷惑にはならないだろうが、それにしても彼女の感激っぷりはひどい。 「で、あなたは弟くんなの? セナくんね。へー、おもしろいくらい全然似てないのね」 「だって血繋がってねーし」 「セ、セナ」 「あらま、ヘビー!」  あせるクリンの横で、コリンナは何がおもしろいのかケラケラ笑っている。  コリンナは「ふーん」と言ったあと、たいした興味もないのか、今度は女性陣に矛先を向けた。 「で、どっちがどっちの恋人なの?」 「初対面で何聞いてんですか! どっちも違いますから!」  ダンッと、クリンがテーブルを叩くので、またもやコリンナが笑う。 「ごめんごめん。子どもと会話するなんて久しぶりだから、楽しくてついからかっちゃったわ。それで? クリンくん、その肝心なお父さんはどちらに?」 「あ、えっと……」  てっきり父と一緒だと思われたのだろう、キョロキョロとあたりを見渡すコリンナに、クリンは旅のことを説明しようか迷った。初対面でなおかつ、あけすけと物を言う女性だ。セナの話に親身になってくれるだろうか。 「あら、言いたくないならいいわよ。久しぶりにランジェストン博士に会いたいと思っていただけだから、会えないなら別にそれでもいいの」  コリンナはクリンの戸惑いを察してくれたようで、気にしない様子でお酒の入ったグラスを傾けている。 「すみません……」 「いいって、いいって。そのかわり、せっかく会えた息子さん方にここのお食事を御馳走させてね。彼女さんたちもご一緒に」  だから違いますって、と返しながらも、彼女の笑顔は裏表がなくて、邪険にするのは気が引けた。 「あの、じゃあ御馳走になります、ありがとうございます。もしよかったら、コリンナさんと父の話を聞いても?」 「ええ、もちろん。ランジェストン博士とはね、二十年前に一緒の病院で働いていたのよ。私も今は研究室にこもりきりだけど、あの頃は臨床経験を積むために患者を診ていたわね。ランジェストン博士とは後進国の医療体制についてよく議論を重ねたっけ」 「へぇ」  コリンナが遠い目をして語るのを、クリンも同じようにして聞き入った。  二十年前にこの場にいた父を想像してみる。  父はきっとここでも、患者ひとりひとりに対して親身に診察していたに違いない。 「ハロルドはいつも言っていたわ。医療に国境はないはずだ、この持てる知識を出し惜しみしたりせず、もっと諸国に広めるべきだって。後進国や遠い国にこの医療技術が行き届かないのが悔しいって。そして彼は若くしてたくさんの功績をあげた。医療使節団を立ち上げ、各地に派遣するようラタンに要請したのも彼よ。彼のおかげで国境、人種、貴賎問わず、誰もが医療を受けられる権利を得た。だけど彼は、いっさいの栄誉も褒賞も受け取らなかったの。みんな、彼を尊敬してるわ」 「全然知らなかった」 「うん、俺も」 「そうでしょうね、そういう人よ彼は。自分の功績にはまったく興味がないの」  初めて聞く父の若い頃の話に、クリンとセナはむず痒い気持ちで顔を見合わせる。コリンナはそんな子どもたちを見て小さく笑っていた。 「でもね!」  そこでダンッ!と、グラスをテーブルに叩きつけるコリンナ。 「そんな! 彼は! 使節団に同行してアルバ諸島に行ったっきり、帰ってこなかったのよ!」 「え」 「聞けば、そこで知り合った女性と恋に落ちて、求婚したって言うじゃない! 信じられない!」 「……母さんかな」 「相手はそこでいろんな薬草を育てているらしいわよ。薬の効能の話で盛り上がったっていうじゃない」 「……母さんだな」  ひそひそと、兄弟は聞こえないように確かめ合う。 「手紙を送ったのよ、帰ってこいって! そしたらなんて返事がきたと思う? 『彼女の育てた薬草は薬効がとても高く、ここの風土に興味を抱いた。しかしそれ以上に、薬草へ深い情熱を注ぐ彼女に心を奪われたんだ』ですって! のろけか! 知らんわ!」  ミサキとマリアは「へえ、素敵」なんて言って聞き入っているが、思春期をやっと抜けた頃の自分たちが、親のなれそめを聞くのは正直きつい。 「そういうわけで、博士とはそれっきりってわけなのよ。今日、あなたを見かけて驚いたわ。若い頃の彼、そのままなんだもの」 「コリンナさんは、今もずっとここに?」 「そうよ。と言っても、ランジェストン博士とは違って私は根っからの研究者だから、今は病院ではなく研究施設のほうにいるの。専攻は遺伝子治療よ」 「……!! 遺伝子治療!?」  ガタンッと立ち上がったのは、もちろんクリンだ。  全員が驚いて見上げる中で、クリンは一人、この偶然の出会いに運命的な何かを見つけた。
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