第八話 ゲミア民族の里へ

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 しばらく歩くと水の音が聞こえてきた。  水と言っても清らに流れるようなそれではなく、地響きを伴うような激しい水音だ。川にだいぶ近づいてきたのだろう。 「雨が降りそうです」  ミサキの声に天を仰げば、晴れていたはずの空にはどんよりと重たい雲が覆われている。 「まずいな……。川が氾濫したら、この距離でも危ないぞ」 「これ以上近づくのは危険ですね」  足踏みをしていると、セナが遠くを指差して言った。 「あっちに高い崖がある。そこから川を見下ろせば安全だと思う」 「崖って、どうやって……うわぁっ!」  言うが早いか、セナはまだ話し途中のクリンを荷物のように担ぎ、ぴょんぴょんと樹の枝に跳び移っていった。 「サルね」 「否定できないわ……」  大きなリュックまで背負っているというのに、あの軽々とした身のこなし。彼はいったいどれほどの力が有り余っているのだろう。  あっという間に姿が見えなくなった二人の方向を見守りながら、次は自分たちの番か……と、腹を(くく)る女性陣であった。  戻ってきたセナを見るなり、ミサキが開口一番「セナさんにお教えしなければいけないことがあります」と手をかざした。 「女の子を荷物のように扱うのは非常に失礼です。よって、おんぶか抱っこを提案します」 「あ? まあ、いいけど」  デリカシーなど一切学んでこなかったセナが素直に頷くと、マリアも「うんうん」と同意した。 「たしかに、背負われたほうがいくつかマシね」 「ではマリアからどうぞ」 「えっ、ミサキが言い出しっぺなのに!?」 「はい、セナさん、GOです!」  ミサキの号令に、おんぶを待つのが面倒臭いのか、セナはさっとマリアを抱き抱え、崖のほうまで飛んで行った。いわゆるお子さま抱っこだ。  心の準備もさせてもらえなかったマリアの「バカ〜〜〜〜」という声が、きれいにフェイドアウトしていく。  ぽつぽつと、雨が降り始めてきた。  やがて戻ってきたセナを、ミサキがにっこりと待ち構える。仲間と同じように運ぼうとしたセナに、ミサキが「ゆっくり目でお願いします」とセナに手を伸ばした。 「騎士の件、なぜお断りを?」 「あー」  ミサキが最後まで残った理由はこれだ。  彼女がセナの首に腕をまわし、しっかりとしがみついたのを確認するなり、セナは言われたとおり慎重に樹へと跳び乗る。 「騎士とかそんな柄じゃないし」 「格好など、なんでも良いのでは? あなたのままでも十分だと思いますが」 「もしかして……説得しようとしてる?」 「ええ、してます」 「前々から思ってたけど策士だよな、ミサキって」 「はい、次はどんな手を使おうかと」 「……タチわりー」 「ふふ」  会話をしながらも、ゆっくり目に樹から樹へと移っていく。その顔にぽつぽつと雫が当たるほど、雨粒が大きくなってきた。 「セナさんにとっても悪い話ではないのでは? 四人で旅が続けられますよ」 「そんな、現状の悩みから逃げるみたいにして選ぶもんじゃないだろ」 「あら。……セナさんって意外とちゃんと考えていらっしゃるんですね」 「おい」 「ふふ。では、お悩みが解決してからでかまいません。もう一度、考えるチャンスを」 「……」  目的の崖に着いたので、二人の会話はそれで終わった。  セナの手からおりる際、「私はしつこいですよ」と耳元でささやき、にこりと笑う。二人の会話など知りもしないクリンとマリアは、きょとんと顔を見合わせていた。  崖はかなり高く、川の向こうの山々まで一望できた。  川は泥を含んで茶色く濁り、勢いよく下流へと向かっている。ドドドド……という激しい音に、声を張り上げなければ会話ができないほどだ。 「セナが感じた異変って、どこらへんなんだ?」 「あっち」 「私、双眼鏡を持ってますよ」  ミサキが荷物からそれを取り出し、セナへ渡した。  しばらく様子を見守っていると、しだいに雨が強まってきた。崖の上で川の氾濫からは身を守れるが、雨風は凌げない。なるべく早めに切り上げ、どこかで雨宿りできる場所を探さなければ。 「見つけた。洞窟がある」  クリンが今後のことを思案していると、セナが双眼鏡をミサキに返しリュックを放り投げ、後ろへ駆け出した。 「ちょ、セナ。お前、また」 「行ってみる!」 「だから、おい! 危ないって」  当然、止めても無駄である。  セナは長く助走すると、あろうことか崖の直前で大きく踏み切ったではないか。 「きゃっ」 「ばかばか、セナ!」  ミサキは手で目を覆い、マリアは跳んで行ったセナに手を伸ばす。  しかし全員の心配をよそに、セナは無事、川の対岸までたどり着いたのだった。 「はぁ〜〜……あいつ。帰ってきたら絶対一発殴ってやる」 「あたしも」 「私もいいでしょうか」  脱力する三人には目もくれず、セナはどんどん川の向こう側へ進んでいく。肉眼では確認するのがやっとだった。  一方のセナは、洞窟めがけて一直線に走っていた。  崖の上とは違って、足下から川の(とどろ)きがダイレクトに伝わってくる。川の上流が決壊したら、ここも一気に飲み込まれるだろう。 「あった」  剥き出しの山肌にぽつんとたたずむ、小さな洞窟。間違いない、感じた異臭はここの中から漂っている。近づいてみてわかった、この匂いは。 「血の匂い……」  鬼が出るか蛇が出るか。  あまり時間はかけていられないが、慎重に洞窟へ足を踏み入れていく。 「!」  セナは匂いの元を知って、目を見開いた。
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