第九話 チカラのカタチ

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「大丈夫。もう大丈夫だから。里のみんなとは、和解ができたよ。もう君たちを危険な目に遭わせる人はいない。もう怖くない」 「……クリンさん……!」  ミサキの頭が揺れて、こちらの胸にすっぽりとおさまる。  ぽたぽたと落ちる涙を隠すように、クリンは彼女の体を包み込んだ。  背中をぽん、ぽんと叩いてやれば、彼女の唇から嗚咽(おえつ)が漏れる。 「私っ、ごめんなさい……」 「なにが、ごめん?」 「何も、何もできなくて」 「二人を看病してくれたじゃないか」 「怖くてっ……ずっと怯えることしかできなくて」 「うん、僕も怖かった」 「でもクリンさんはあんなに里の人たちに懸命に掛け合ってくれて……っ、なのに私はマリア一人助けることもできなくて、セナさんが怪我してるの知ってるくせに頼ってしまって、それでセナさんはこんなになってしまって、私……っ、私のせいで……」 「大丈夫、ミサキのせいじゃないよ。そのおかげでマリアは助かった。君のおかげだ」 「違います……!」  ぐちゃぐちゃに泣き叫ぶ彼女の背中を、同じリズムでトントンしていく。  彼女は息がうまく吸えないのか、呼吸が苦しそうだ。 「不安で怖くて、マリアが死んじゃうんじゃないかって、私……」 「うん」 「マリアをこんな目に遭わせた人たちが憎い……っ。許せない! それなのに、クリンさんは里の人を助けようとしてて……ここに居なくて。なんで、なんでって。早く帰ってきてほしいって、でもここから出るのは怖くてっ。なんにもできないくせに、そんな勝手なことばっかり考えてて……。ごめんなさい、ごめんなさい!」 「いいよ、大丈夫」 「ふ、うう……うぅ──っ」  全部を吐き出した後、ミサキは言葉なく泣き続けた。    クリンは「ごめん」とは言わなかった。言えば彼女が気を遣って、何も吐き出せなくなってしまうとわかっていたから。  だけど、この里に来ようと言ったのは、まぎれもない自分自身。二人を巻き込んでしまったことは最大の誤算だった。自分のせいで彼女たちが命を落としていたかもしれないのだ。  いつかちゃんと償えたらと思う。だが、その言葉を今、口にするのは違うと思った。  ミサキはしばらく泣き続けた。  クリンの鎖骨にこてんと額を預け、ずっと脈を聞いていたら、しだいに落ち着きを取り戻していったようだ。気がつけば彼女は眠りに落ちていた。  クリンの手はその間も休むことなく、彼女の背中をトントンし続けていた。  マリアとセナ、先に意識を取り戻したのは、やはりと言うべきか、セナだった。  入り口の隙間から細い光が差し込む薄暗いテントで、喉の渇きを覚えて起き上がったら、体じゅうのあちこちが痛くて顔をしかめた。  今、何時なんだろう? そんなことをぼんやりと考えながら、はっきりしてきた意識の中。飛び込んできた目の前の光景に、ピシリと固まる。  テントの隅で、ミサキを抱きしめて横たわる兄の姿。どうやら二人とも眠っているらしい。 「え……キモ」  一瞬夢でも見ているのかと思ったが、この身体中の痛みが夢ではないと物語っている。兄弟のこういうシーンを見て平気な人間がいるのだろうか。  ぽりぽりと頭をかいて二人を眺めてから、結論を出す。  見なかったことにしよう。  考えるのを放棄して、荷物から飲みかけの水が入ったボトルを取り出す。いつの水だかはわからないが、そんなことより喉が乾いた。  ごくごく飲んでいると、隣から小さなうめき声が聞こえた。 「う……」  マリアだ。苦しいのか、呼吸が浅く、額から汗が流れ落ちている。  近くにあるタオルで拭ってやると、マリアがふと目を開けた。 「セ……、う」  声を出そうとして、痛みに負けたのだろう。顔が苦痛に歪んでいる。 「お互い、死に損なったみたいだな」  軽口を叩きながら、セナはマリアの枕元にあった水のボトルを手に取った。おそらくミサキが少しずつ与えていたものだろう。  自分では飲めなさそうなので、上半身を持ち上げて水を飲ませてやる。手のひらに伝わるマリアの体温が異常に高いことに気付き、セナは目を見張った。  なんとか水を口に含ませてやると、声が出しやすくなったのか、マリアが尋ねてきた。 「川……は?」 「さあ。でも雨はやんだみたいだな」  驚きだ。一番最初に気になったのが、川のこととは。  そう思いながらゆっくりと体を戻してやる。やはり全身が痛むのか、マリアは再び顔を歪めた。 「息……痛い」 「ああ。肋骨折れてるんじゃん?」 「あたし……生きてるんだ」  彼女の記憶は、あの川で溺れた時が最後だ。 「おまえ、大変だったんだぞ。息してなくて、慌てて心肺蘇生法を試したんだからな。肋骨折れてんのはそのせいだよ」 「え、セナがやったの……?」 「……クリンが」 「すごいなぁ。……命の恩人だぁ」  嘘は言ってない。  セナはそう心で返しながら、しれっと話を切り上げた。 「まだ当分動けねえよ。寝てろ」 「うん」  素直に応じて、マリアは目を閉じる。  浅い呼吸がわずかに震え始めたのがわかった。 「そっか。生きてるんだ……」  声は震えていて、よく聞き取れなかった。少しだけ冷静になって、自身にふりかかった恐怖体験を思い出したのだろう。  つつ、と、涙が彼女の頬を通過したので、セナはタオルを乱暴にかぶせて隠してやった。
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