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第十話 いざない
その後、里の人々は驚くほど好意的になった。
はじめは手のひらを返したかのような態度に戸惑っていたセナも、子どもたちと遊んだりしている間に打ち解けられたようだ。
ただ、ミサキはそうもいかなかった。
クリンとセナが話をしたあの日から三日。
ミサキは生理現象以外で外に出ようとせず、ずっとテントの中にこもりっきりだ。
マリアがいまだに昏睡状態で気がかりだということもあるが、クリンはミサキのあの涙を知っているだけあって、まだ彼女の中の恐怖心や猜疑心が強いのだろうと理解していた。
テントの中ですら、誰かが近づいてきただけでビクリと震えるほどだ。
無理もない。マリアがあの川に投入された日、彼女たちは就寝中に男たちに侵入されているのだ。
休まる時がないのだろう、ミサキはどんどん憔悴しているように見えた。
「どう思う?」
「俺はなんとも。こういうのはクリンの専売特許じゃん」
さすがにミサキの心理状態が気がかりだったので、セナと川辺の土手に座って作戦会議だ。
三日経ったあの川は雨の影響もすっかりおさまり、本来の姿を取り戻したように、キラキラと水面を光らせている。
「冷たいなぁ。そもそもゲミア民族の里に来ようとしていたのは僕たちの都合だろ。巻き込んじゃったんだから、責任を感じるよ」
「まあ、たしかにな。しかも結局はムダ足だったわけだしな」
「言わないでくれ……」
クリンはガクッと肩を落とした。
そう。
トラブル続きで本題を忘れてしまいそうではあるが、そもそもここに立ち入った理由は、セナの血縁関係を調べるためだ。
だが、一件落着していざ里の者に話を聞いてみると、残念ながら十五年より前に里を出た者も、里の外で出産した人もいないらしい。
セナの青い髪とは違って里の人間がみんな茶系統の髪色をしていたので、うすうすそんな気はしていたが……
実際に手がかりナシと知ると、今までの苦労はなんだったのかと気落ちしてしまう。
「ゲミア民族の身体能力についても、個々の力というよりは戦闘訓練の賜物って感じだったしなぁ。むしろセナの力が珍しいって質問攻めを食らう羽目になったし」
「まあ、そう気に病むなよ」
「お前のことだろ!」
「へいへい。残念ながら、まだしばらく旅は続きそうだな」
残念ながらなんて言ってはいるが、セナの顔は少しだけホッとしているようにも見えて、クリンはその横顔を見つめた。
里の者は、セナの珍しい力を不思議がり仲間に欲しがった。血縁者ではないがそれでも家族として受け入れると言ってくれたのだ。
その話をセナと一緒に聞いた時、クリンはセナが返事をするよりも先に答えてしまった。「お断りします」と。
結果的にセナも断ってくれたが、本当のところはどう思っていたのかは謎だ。
だがこの横顔を見る限りでは「本当に残らなくていいのか?」と聞く必要はないように思えた。
「あとはコリンナさんの検査結果しだいだよな」
「だな。さすがにもう結果も出てるんじゃないか」
「そうだなぁ」
「あ、そうか。下山させりゃいいんじゃん?」
「へ?」
セナの閃きに、一瞬なんのことを言っているのかと思ったが、本題のミサキの件だと思い至った。
しかし、いきなり下山とは。
「いやいやいや、マリアがまだ無理だろ」
「いやいやいや、ミサキだけ下りるんだよ」
「マネすんなよ」
「いて」
軽く小突いて、ふむ、と考える。
たしかに、ストレスを抱えながらこの生活を続けるよりは、いったんミサキだけ下山して安全な町で待っててもらうという手もある。
マリアはいまだに昏睡状態。肋骨も完治するのに三〜四週間はかかる。
そのほうが、ミサキの精神衛生的にも良いかもしれない。
「セナもたまにはいい案出すじゃん」
「おいコラ」
「でも、さすがに一人では下山させたくないなぁ。セナはまだ足の傷、治ってないし付き添えないだろ?」
と、セナの脛を見る。
ふくらはぎを貫通させた矢の傷が、いまだに痛々しそうに残っている。まだ四日しか経っていないのだから当然と言えば当然だが。
本当に、この足でよく川に飛び込んだり、マリアを抱えたりできたものだ。おまけにその傷は、やはり他の者よりも治りが早いときている。
「セナとミサキだけでもラタンに戻っててくれれば、検査結果も聞けて手間が省けるんだけど。ついでに薬や包帯も買ってきてほしいんだよなー。そろそろ在庫が心配になってきた」
「じゃ、クリンが行けばいいじゃん」
「はぁ? マリアはどうするんだよ」
「俺の足が治りしだい、運んで下山すればいいんだろ? 俺なら一週間もかからないぜ」
「……。いや、でもマリアの容態が心配だ。せめて意識が回復してからじゃないと。それに、一週間じゃダメだ、肋骨の骨折が治るまではそっとしておいてあげなくちゃ」
「んじゃ、あいつが少し安定してからってことで」
「うーん。……まあ、ミサキ本人の意見も聞いてみないとな」
うんうん。と頷いて、会議はお開きになった。
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