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「セナって言ったわよね。あんた、もう一度あの頭を狙える?」
「なんで」
「石はきっと頭の中よ。あんたがタコの動きを止めてくれたら、私の術で石を取り出すわ」
「頭の中にあるって証拠は?」
「そんなの、オトメのカンよ!」
そのタイミングで、二人は降ってきた触手から飛び退く。マリアはすぐさま短刀を投げ、応戦していく。
「オトメ? どこにいるんだそんなの」
悪態をつきながらも、セナはニヤッと笑った。緊迫した状況下であるにも関わらず、この体はじわじわと高揚感で満たされていく。
楽しい。そう思うことは、不謹慎だろうか。
「聖女様のお言いつけどおり、やってみるか」
「マリアよ! それ以外で呼んだらはっ倒すから!」
マリアはビュンビュン短刀を投げていく。
「手が空いている人は、触手の動きを封じてください!」
聖女から飛んできた指示に、他の者たちはうまく分散し触手を相手どっていく。そうすることで、防戦を繰り返していたセナにも余裕ができた。
セナはあえて全体を見渡せる距離まで離れ、ムチのようにしなる触手の動きをじっくりと観察した。一本、二本、三本……それぞれが他の者たちへと狙いを変えていく。マリアの指示は的確だったようだ。
「よし」
その言葉を合図に、セナは動き始める。先ほどとは違って攻撃のみに集中できるおかげか、その動きはさらに軽やかだった。助走をつけて、甲板の床を大きく踏み切る。今度は十メートルは跳んだかもしれない。
宙を舞った体はそのままタコめがけて落下し、先ほどと同じように両の拳を振り上げる。ありったけの力をこめて、それをタコの頭上に叩きつけてやった。
「今だ!」
「わかってるわよ!」
セナに言われるまでもなく、マリアは準備万端と言わんばかりに両手をかざして待ち構えていた。その手からまばゆい光がほとばしり、それは頭のど真ん中に命中して硬い皮膚を貫く。その瞬間、白い体液や肉片とともに赤い石が宙を舞った。
血のような、深紅に光る石。手のひらサイズのゴツゴツしたその石は怪物の頭から飛び出して、セナのほうへと飛んでくる。別に欲しかったわけではないが、条件反射でセナがその石に手を伸ばしたその時、そこへ動きを止めたタコの巨体が崩れ落ちてきた。
「セナ!」
クリンとマリアの声が同時に響き渡る。
ドゴォォォッと派手な音を立てて、タコの肉片が甲板の床に叩きつけられたが、下敷きとなった弟の姿は見えない。
そのあとは静寂が周囲に訪れる。
そしてソレが完全に動かなくなったのを確認するなり、「うおぉぉぉ!」と安堵を含んだ歓喜の声が上がった。
「セナ!」
巨大な怪物に下敷きにされてしまった弟のもとへ、クリンは駆けつける。周辺に散らばる肉片や体液が足にまとわりついたが、そんなことには気にもとめずに。
「セナ! セ……」
「汚ったね〜〜!」
グシャッと。
タコの肉片を押しのけて、セナがひょっこり顔を出し、ペッ、ペッと、何かを吐き出している。どうやら怪我はなさそうだ。
「よかった! 押し潰されて死んだかと思ったわ」
軽口を叩いてはいたが、そんなマリアの表情にもホッと安堵のそれが浮かんでいた。
「最悪だ。見ろよこれ、全身びっちゃびちゃ」
「なんか臭いぞ、セナ」
そう茶化しながら、床に座り込む弟に手を差し伸べる。弟が珍しく素直に掴んだと思ったら、ぐいっと腕を引かれてしまった。グシャッと……今度はクリンがタコの肉片に沈む番だ。
「汚っ! 何するんだよ、もう!」
勢いよく倒れ込んでしまったせいで、自分も体液まみれになってしまった。ぶんぶんと頭の水滴を振りながら弟を非難したが、弟は悪びれなく「へへっ」と笑うのだった。
しかし、和んだ空気もつかの間。
「うわっ」
クリンとセナは、異様な状況を目の当たりにしギョッとしてしまう。
タコもどきの肉片は色を失うと土のように崩れ落ち、広範囲に流れ出た白い体液は固まり始め、やがて砂になってさらさらと宙を舞った。兄弟にまとわりついていた体液も、いつの間にか砂と化していたようだ。
「石が……」
セナは手のひらを見る。とっさに掴んでいた赤い石も、同じように粉々に崩れ落ち、風に乗って飛んで行ってしまった。
「これが、リヴァーレ族……泥人形の末路よ」
呆然とする兄弟に説明したのは、マリアだった。
床に残った泥を拾いあげると、それはさらさらと砂になり崩れていった。
形成された泥の塊。その物体に、命はない。活動源となるのは赤い石に宿る不思議な力なのである。
約二十年前のことだった。それは突然、姿を現した。
まさに土を塗り固めただけの、不細工な泥人形。それは森を焼き、大木をなぎ倒しながら小さな町に辿り着くと、人や家畜を攻撃し始めた。
圧倒的な破壊力と泥ゆえの防御力の高さに、非戦闘員であった町の人々はあっけなく命を落としていったという。
やがてその泥人形は破壊行動を繰り返しながら近くの町をまたひとつ滅ぼし、あわや国の都心部までというところで、その国の騎士団が退治した。
崩れた泥人形からは、一粒の赤い石が転がり落ちた。そしてそれらは砂のように、崩れて消えていったのだという。
一体それはどこから来たのか。どうやって生まれたのか。何が目的だったのか。何一つ解らぬまま。
終わったかと思われたその事件にはまだまだ続きがある。その怪物が再び別の場所に出現したのだ。
ある時は熊のような、ある時は羽をはやした馬のような形をして、様々な場所に現れては破壊行動を起こしていったのである。
様々な形状と破壊方法、そしてどこに出現するのかまったく予想ができないことから、世界は恐怖に陥り震え上がった。
やがて、プレミネンス教会がその奇妙な塊に「リヴァーレ族」と名称をつけ、殲滅を宣告する。何人もの聖女を聖地巡礼へと送り込んだが特に成果を上げられぬまま、それから二十年。神出鬼没であるリヴァーレ族の驚異はいまだに健在である。
「あたしもリヴァーレ族殲滅の任を授かって、聖地巡礼の旅に出ているの」
マリアは手のひらに残った砂を見つめながら、そう呟いのだった。
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