第十一話 不穏な足音

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第十一話 不穏な足音

 いよいよ、一行はゲミア民族の里をあとにすることになった。  里の人たちはクリンたちが出発するまで、本当に良く世話をしてくれた。  少しずつ元気を取り戻していたとはいえミサキに笑顔はなかったが、セナもマリアもクリン同様、笑顔で里と別れることができた。    里の場所は山奥に存在しており、獣道を使用したり滝の裏を通ったりと、複雑なルートとなっていたため、里の住民に山の(ふもと)まで案内してもらった。  これは、あのトラブルがなければ里まで辿りつけなかったかもしれないな、とクリンは思った。  山の麓まで戻った時、里の案内人が「いつでも歓迎する」と言って渡してくれた手紙に、いびつな文字で「ありがと」と一言だけ書かれていたことが、泣きそうなくらい嬉しかった。  入山する前に立ち寄った村は乗合馬車がなかったので、野宿を繰り返して歩くしかないかと思われたが、村の住民が快く個人の荷馬車を用意してくれたので、近くの町まで戻ることができた。  そうして一行は、また日にちをかけてラタン共和国へ戻ったのである。 「あら、生きて戻ったわね」  再度訪れた研究所で出迎えてくれたコリンナの第一声に、全員が苦笑いで返し、雑談をそこそこに切り上げて本題に入ることにした。 「けっきょくゲミア民族の血縁者という予想ははずれていました」 「そう、残念だったわね」 「そちらの検査結果はどうでしたか?」 「うん、そうね……」  口を濁したコリンナの表情は優れなかった。  用意してくれていた折り畳み式の椅子に腰かけて、四人はコリンナと向き合う。 「病気という観点で言えば、異常は見つからなかったわ」 「……というと?」  要領を得ないコリンナの言葉に、四人は怪訝(けげん)そうに首を傾げる。 「もしかしたらセナの母親は、通常の妊娠過程を得ていないかもしれないわね」 「え? どういうことですか」 「難しい話になってしまうから、わかるように噛み砕くとね。セナの細胞って、ちょっと一般のとは違うのよね」 「違う……。どう違うんでしょうか」 「クリンにはあとから詳しく説明するわ。どうせ今、セナに話してもわからないでしょうし」 「えー俺のことなのに……」 「じゃあ言うわよ。通常、細胞核に含まれるヌクレオチドの組み合わせは四種類から連なってタンパク質を設計するでしょ。でも、あなたのDNAには」 「はいさーせん、わかりませーん」  両手をあげて、あっさりと降参するセナであった。  だが、コリンナの表情から、これ以上の冗談は言えない雰囲気であると誰もが悟った。 「要約してしまえば、セナの細胞の中に通常の人間には含まれない、何か別の化学物質が存在しているみたいなのよ」 「別の物質……。それって、なんですか?」 「目下(もっか)、調査中よ」 「つまり、化学的に発見されていない物質である、ということですか」 「察しがいいわね、クリン。そしてそれは、その物質単体の採取が難しくてね。検査が難航しているのよ」 「……」  うーん、と考えて、クリンはいくつか質問を思いつく。 「……コリンナさんは、セナが胎児だった時になんらかの要因があって遺伝子に影響を与えたと仮定してるんですか?」 「私はその可能性が高いと思ってるわ。ぜひともご両親の血液も採取させてもらいたいわね」 「そうですか。やっぱり両親を探したほうが話が早そうですね」 「そう願うわ。その間に、こちらもなるべく早く物質の調査ができるように尽力するわね」  コリンナの力強い言葉に、クリンは「お願いします」と深々と頭を下げた。  次の質問は、一番気がかりなことだった。 「あの、セナの身体能力の異常さと、その物質との密接な関係はまだ明らかではないってことですよね」 「そうね」 「ではそれが原因だと判明した時に、その性質を抑えるワクチンのようなものは開発できるんですか?」 「できることならしてあげたいけれど、仮定中の仮定すぎて、断言できないわ。私一人では難しいから、他の研究員にも手伝ってもらうけど、いいわよね?」 「セナのプライバシーが守られるなら、お願いします」 「まあ、本当なら、被検体には残ってもらいたいんだけど……」 「……すみません」 「いいのよ、十五の子どもを研究材料にするなんて、この叡智(えいち)の国が許してはくれないわ。気にせず旅を続けなさい」 「ありがとうございます」  クリンは再度、頭を下げる。  当の本人であるセナは、二人の難しい話がちんぷんかんぷんだったため、「ふあ〜」とあくびを漏らしていたが。 「それからね、とっても言いにくいんだけど」  話はまだ終わっていなかったようだ。コリンナは眉間に(しわ)をよせてクリンを見つめた。
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