第十一話 不穏な足音

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 ミサキは思いの外、早くに目が覚めた。体調にも問題はなく退院が決まったので、一行は人目を避けて会話をするために宿へ戻った。  クリンの泊まる部屋で全員が腰をおろして一息ついたところで。ベッドに腰かけたミサキは、サイドテーブルの椅子に反対向きに腰掛けているセナへ、深々と頭を下げた。 「セナさん、失礼なことを言って本当にごめんなさい」 「別にいいよ。なんか混乱してたんだろうなっていうのはわかってるし」 「みなさんもご迷惑をおかけしました」 「大丈夫だよ。それより、記憶のほうはどうなのか、聞いてもいい?」  また発作が起こった時のために、ミサキの隣にはクリンが座り、反対側にはマリアが座っている。 「はい。ですが、ほとんど思い出せませんでした。ただ……何かをやらなければいけなかったと感じるんです。ただ不思議と、焦りよりも悲しみに近い感情が強かったのですが」 「悲しみ、か……」 「ミサキ、覚えてる? 『殺さなきゃ、計画を止めなきゃ』って言ってたのよ」 「そう、なの?」  ミサキは覚えがないのか、マリアの質問には首をかしげている。そこにセナが質問を重ねた。 「じゃあ『ここに来て、その言葉』っていうのは? やっぱ生物兵器のこと、何か知ってるんじゃねえの?」 「……シグルス大国」 「え?」  記憶の底を探るように目を伏せて、ミサキがぽつりともらした国名に、みんなはきょとんとした。  新しいキーワードが出てきたようだ。 「シグルス大国って、次の巡礼があるところよね? ラタンを出たら向かおうと思っていた大陸の」  マリアが地図を開いた。ここ、グランムーア大陸から船で五日ほどまっすぐ東へ移動した先に、シグルス大陸がある。  シグルス大陸はグランムーア大陸の八分の一程度の小さい大陸であり、世界で唯一、大陸全土がひとつの国領という特徴を持つ。 84391e45-7db2-4018-809c-6f061f4dbe3f 「そこに、何かあるのか?」 「……おそらくですが。コリンナさんから生物兵器という言葉を聞いた時、ぱっと思い浮かんだ国なんです。これから向かう国なのに、って思いました」 「なるほど。だから『ここに来て』か」 「とくに南シグルスは嫌な予感がするんです。できれば通りたくないのですが、船は南シグルスに着くんですよね」 「南シグルスか……。ミサキの記憶の断片を合わせて推理したら、南シグルスで生物兵器の開発が行われてるかもしれないってことかなぁ。新聞にもそんな情報はなかったと思うんだけど……」 「そうなんですよね。おそらく私の記憶違い……もしくは勘違いだとは思うんです」  クリンとミサキのやりとりに、マリアが横から入ってきた。 「でも止めなきゃって思ったんでしょう?」 「ええ。それだけははっきりわかるんです。私は『生物兵器』を止めなければいけなかった。それが私の使命だったような気がするんです」 「……」  それは無意識だったのだろうと思う。ミサキがゆるりと動かした視線の先、そこにはセナがいた。セナはただじっとミサキのその言葉を受け止めているだけで、どう受け止めたのかは誰にもわからない。  険悪なムードが戻ってしまわないように、マリアが少しだけ声のトーンを上げて話題を変えた。 「ミサキってシグルスに住んでたのかなぁ?」  全員がうーんと首を傾げる。いまのところ疑問符だらけで決定打にかける話ばかりだが、マリアの言うとおり、ミサキはシグルス大国出身なのかもしれない。  そこで記憶を取り戻すことができれば……。そして、セナの情報がひとつでも手に入れば……。 「どっちにしろ目的地だもんな。行ってみたらわかるんじゃねえの?」  身も蓋もない言い方ではあったが、たしかに、今用意できる答えはそれしかない。全員がセナの意見に頷くしかなかった。 「で、シグルスってどんな国なんだ?」 「お・ま・え・は、またしても……」  ガクッと肩を落として、クリンは不肖(ふしょう)の弟に勉強会を開催した。  シグルス大陸は北シグルスと南シグルス、二つの地域に分かれており、それぞれに自治領を置いているが、国の首都は北シグルスにある。また、シグルス大国は王のいる君主制ではなく、国民投票で選ばれた大統領をトップに置く共和制を体制としている。 「資本主義国家だよ。南半球で一番の先進国だ。昔は北大陸にあるジパール帝国の植民地だったけど独立して、そこから科学技術で発展をとげた国だ。たしか鉄道が走ってるって」 「鉄道? 乗りてー!」 「僕も」  男子二人が目を輝かせているので、女子チームは顔を見合わせて笑った。 「乗れますよ。私たちは南の港から北上し、北シグルスの北東にある教会へ向かいますから」 「やった!!」  兄弟は両手をパチンと合わせて喜び合った。 「って、ちょっと待った! 別の大陸に移るってことは、また新しい言語を覚えなきゃいけないのか!?」  さーっと顔を青ざめるセナに、ミサキは笑う。 「よかったですね、セナさん。シグルス大国は二カ国語を公用語として使用しておりまして、そのうちの一つは世界共通語です。ご出身のアルバ諸島と同じですよ」 「ふぅ〜〜助かった〜〜」 「言葉はともかく、また別の大陸に移るんだし準備万端にしておいたほうがよさそうだ。明日買い出しを済ませて、明後日に出発。それでいいかな?」  クリンの提案に、全員一致で頷くのだった。
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