第十一話 不穏な足音

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 そこからリストラル地方のいくつかの国を転々とまたいで、約一ヶ月かけて東海岸へ向かった。  その間の旅は穏やかなもので、クリンはシグルスの基礎知識の勉強を、セナはせっかくなのでリストラル語のマスターをがんばった。ミサキの記憶に関しては進展がなかったが、マリアは「もうすこしで新しい術が使えるかも」と、何やら思案げな様子だ。  セナに噛まれた左腕の傷口もその間に完治した。  その旅の途中、リヴァーレ族に被害を受けた直後という町を見た。  リヴァーレ族はその国の軍が撃退したものの死傷者は多く、広範囲による被害のため復興には時間がかかりそうだった。  それを見てマリアが表情を硬くしていたのを、三人はうしろから見守っていた。  いよいよシグルス大陸への玄関口である港について、聖女のペンダントを使いチケットを四枚用意する。  それを受け取る際にセナが「今回はなくさないでくださいね〜、聖女さん」とからかって、マリアが「ムキー」と怒っていた。    少しだけ薄暗い話題が生じたのは、船の上でだった。「見てください」とミサキが深刻そうな表情で持ってきた新聞には、シグルスについての記事が掲載されていた。 「『聖女反対運動』?」 「はい。一部の思想家が始めたそうですが、それを受けて大統領が、今後プレミネンス教会への支援を打ち切ると表明したそうです」 「そんな馬鹿な。一部の思想家だけの意見を、共和制国家が簡単に反映させてしまうなんて」  船内の遊戯室にいた四人は、ここで話すべきではないと、甲板へ移動した。 「『聖女は科学で証明できない怪しい能力を用い、地域貢献という名目を盾に国益を搾取している。市民の血税は、彼女らの危険な力を増長させるためのものではないとし、今後、国内の教会に立ち退きと土地の返還を求める予定である』」 「ひどい話だわ……。その土地を守る聖女たちが可哀想よ」  クリンが記事を読み上げている横で、マリアは顔を真っ青にさせて唇を震わせている。ミサキはそんなマリアの肩を支えており、セナは甲板によりかかって海を眺めていた。 「続き、読むね。『思想家の運動はしだいに各地で勢力を増し、教会へのデモンストレーションが頻繁に行われている。彼らは聖女の存在を「非科学的」「存在そのものが害悪である」と口にしているが、その様は旧時代に行われていた魔女狩り(・・・・)を彷彿させるとし、市民からは不安の声が上がっている。それを受け、ニーヴ大統領は穏便に解決にのぞみたい、迅速に対応すると陳述している』……だって」  記事を全て読み終えて、クリンは新聞を折りたたんだ。 「巡礼に訪れた聖女がどういう対応をされるのか、読めませんね」 「危険だろうな。念のためペンダントは隠したほうがいいんじゃねーか」 「いやよ、冗談じゃないわ」  セナの提案に、マリアはぎゅっとペンダントを握りしめて拒否をした。 「意地になったってしかたねーだろ。身を守るほうが先決だ」 「屈したくないのよ。あたしたちは何にも悪いことなんかしてない、この力はいつだって正義のために使ってきたわ。これがあたしの誇りなの。こそこそ隠すようなことをしたくない」 「わざわざ火の中に飛び込んで、危険な目に遭うっていうのか。アホだろ」 「そのためにあんたがいるんでしょ。守んなさいよ」 「……」  はぁ〜っ、と。それはそれは盛大にため息をついて、セナはそれ以上の反論を諦めたようだ。  それからしばらく、無言が続いた。  次から次へと聞こえてくる不穏な足音に、全員の表情は暗く、沈んだものになっていく。だが、誰一人としてこの旅をやめようと言える者はいなかった。  南から潮風が吹いて、髪をなびかせる。    クリンは三人を順番に眺めた。  セナ、ミサキ、マリア。  そういえば、彼女たちに出会ったのも港だった。初めて共闘したのも、海の上だった。  一度別れはしたものの、また偶然の再会を果たし、様々な困難をともに乗り越えてきた。互いの事情に巻き込まれた時だって責め合うことなく、支え合ってきた。  クリンは強く願う。これからだって、そうでありたいと。 「みんな。聞いてほしいことがある」  クリンが姿勢を正して改まったので、みんなが注目した。 「決意表明をしたい」  そう宣言し、クリンは片手でセナの手を取り、自身の手の甲に重ねた。その上に、今度はマリアの手を、それからミサキの手を乗せて、全員の手の甲を重ね合わせた。その上に、さらに自分のもう片方の手を乗せる。 「これから何が起こったとしても、僕は君たちの味方だ。それを覚えておいてほしいんだ。セナのために始めた旅だけど、もうとっくにミサキとマリアも僕の大事な仲間だ。君たち三人には深い事情がある。そんな君たちを、僕は必ずそばで支えるから。それを、ここに誓うよ」  嘘偽りない、さらには飾りっ気のない言葉だったが三人にはストレートに伝えたかった。  これから先、もしかしたら四人の道が分かつ時がくるかも知れない。それでも自分はこの誓いがある限り三人を見捨てたりなんかしない。仲間でいたい。 「それ、いいね。あたしもやるー!」  クリンの決意表明に続いて、今度はマリアが手を重ねた。 「んとね。うん! あたしは世界を救う聖女になるわ。そばで支えてくれたあなたたちに誇ってもらえるような聖女になる。みんなが見てくれてる限り、あたしは前を向いていられるの。どんな絶望に突き落とされたって、あたしはこの心を忘れない。そうあり続けると誓うわ」  それから「ね、ミサキもやろ」と、マリアが言うので、ミサキはいったん目を閉じて、深呼吸してからそっと手を重ねた。 「私……。もし、記憶を取り戻したとしても、たとえそれがどんな記憶であったとしても、みなさんのおそばにいたい。私の名前はマリアがくれた、ミサキ・ホワイシアです。私はこの名前で生きている道を失いたくありません。取るに足らない過去なんかより、みなさんと笑って過ごせる未来を、必ず選択し続けます。ここに誓います」  ミサキの表情は、迷いながらでも明るさを取り戻そうとしていた。それがクリンには嬉しかった。 「くっさ。お前ら、くっせーわ」 「なんだよ、セナもやれよ」 「そうよそうよ」  セナが茶化してきたので、クリンとマリアが次はお前の番だとそそのかす。だが本人は乗り気ではないようだ。  まあ強制するべきことでないからな、とクリンが手を離そうとした時、ずしりと力強い重みが加わった。 「しょーがねえなー」 「けっきょくやるんじゃない」 「るせー」  セナは自身の手を見下ろしながら、ふう、と空気を真面目なものへと変えた。  クリンはセナを見た。セナがこうして自分のことをちゃんと語るのは、初めてかもしれない。 「宣誓ー。俺はバカだから難しいことは考えない。それは全部クリンに任せまーす」 「おい」 「だからこの命、お前らに預ける。誰から産まれたとかなんのために産まれたとか、わかる日がきても、生きている限りこの力は『生み生かし守る』ために使い続けてやる。お前らは俺が守ってやるからなんにも心配すんな。以上! もうカンベンして」  最後の最後でセナらしい言葉に笑いつつ、弟の深い決意が伝わってきて、クリンは密かに胸を打たれた。だがそれを言わないのが互いの為である。 「茶化してたやつが一番恥ずかしいこと言ったな」 「ほっとけ」  兄弟の照れ隠しに、クスクス笑いながらマリアは首を傾げる。 「それで、この手はどうすんの?」 「それは考えてなかった。こんな恥ずかしいことやったことないし」 「恥ずかしいんですね」  今度はミサキがクスクス笑う。 「せーので空に掲げてバンザイは?」 「じゃあそれで」  マリアの提案に全員一致で頷いたあと、「せーの!」と両手を上げて空に花を咲かせた。  その空を、みんなが笑って見上げている。  旅は、やがて深い闇へと転がり落ちていく。  それでも四人は、誓いを交わし合ったこの日のことを決して忘れはしなかった。たとえ絶望の中にいる時でさえ。
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