第十二話 南シグルス

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第十二話 南シグルス

 五日間の船旅を経て一行は南シグルスの港に到着した。  先進国ということもあり、港は大賑わいだった。  いたるところに設置された木造の柱と柱には空を埋めるように細い線がぶら下がっており、街の奥まで連なっている。  あらかじめ予習をしていたクリンが「アレが電柱ってやつ?」と聞き、ミサキは「そうですよ」と答えていた。  ガスではなく電気が普及されている国はまだ多くない。  もちろんこの国でも電気が通っている街はさほど多くないのだが、それでもガスの灯りとは違った明るさに、クリンの胸はわくわくと高鳴るのだった。  港を離れ、宿屋街や商店街のほうへ行けば、通りには馬車の他に自動車が煙をあげて走っていた。 「すげえ。あれが自動車ってやつか!」 「乗ってみたいな〜」 「ふふ。自動車は高級ですからね。相当裕福な人しか買えないみたいです。いつか誰でも乗れる時代がくればいいですね」  目を輝かせる男子二人と、説明役のミサキ。さきほどからずっとこの関係性が続いてしまっている。  普段ストッパー役のクリンですらこの有様なので、マリアが呆れながら「先に行くわよー」と歩き出した。  しかし楽しい時間は、ここで水を挿されて終わりを告げた。  先頭を歩き始めたマリアに向かって、勢いよく飛んできたものがあった。それがマリアの額に当たるよりも先にセナがパッと掴み取る。どうやら軽い石のようだ。  飛んできたほうを睨むと、ぎくりと顔を強張らせる一般市民の男の姿。セナはすぐさま石を投げ返した。  いてえ、と呻き声をあげて男は去っていく。周囲が気がつかないほどの些細な出来事だったため、騒ぎにはならなかった。 「マリア、大丈夫?」 「うん、びっくりしたけど。ありがとセナ、よく反応できたね」 「それよりちゃんと手加減したか? お前が本気で投げたら相手のおでこに風穴が開くぞ」 「おいコラ。ちゃんと軽く投げたよ」  クリンの大真面目な質問にセナがツッコミを入れつつ、四人は気を引き締めて歩き出すのだった。  浮かれていて気づかなかったが、時折ちらちらと好意的でない視線がマリアへと注がれている。マリアはそれでも堂々と前を向いて歩いて行った。  宿を取る前に、無事に南シグルスへ到着したことをコリンナに報告するため、郵便屋へ行った。  各地にある郵便屋では旅人が手紙を受け取ることができるため、いつか行くであろう巡礼の教会がある都市に返事がほしいことをしたためた。  その時までにセナのDNAの謎が解けているといいが。  一行は郵便屋を出て宿屋を探した。ふとミサキを見れば、彼女は街並みをぼんやりと眺めていた。そのせいで人混みに飲まれてしまいそうだ。 「ミサキ。はぐれちゃうぞ」 「あ、ごめんなさい」 「何か思い出せそう?」 「そう……ですね。あの電気の灯りを見るのは、初めてではないような気がしますが……」 「そっか。やっぱりシグルスのどこかに住んでたのかもな」 「そうかもしれません」  宿は、二軒断られて三軒目でようやく受け入れてもらえた。が、それも渋りに渋ってといった様子で、余っている家族部屋のような四人一部屋しか用意できないと言われてしまった。  もちろんクリンは断ろうとした。が、ゲミアの里で何日も同じテントで寝たり野宿を繰り返した経験もあるため、女性陣にとっては今さらである。逆にクリンのほうが説得されてしまうのだった。マリアのことを考えると、たしかに固まったほうが安全かもしれない。  部屋に着くなりクリンは切り出す。 「やっぱりそのペンダントなんだけど、使うのやめないか?」 「何言ってるのよ。何度も言うけど、あたしはいやよ」 「違う違う。ペンダントを隠せって言ってるんじゃなくて、使うのをやめようって言ってるんだ」 「どういうこと?」  クリンとマリアのやり取りを見守っていたミサキが、いち早くその意味を理解した。 「代価を払おう、ということですね」 「正解。今まで僕たちは宿も馬車も当たり前に無償で使用させてもらっていたけど、この資本主義国家ではそれを『搾取』と受け取られてしまうんだ。それなら今後はペンダントの恩恵を受けずに一般客になろう。代価さえ払えば相手だって文句は言えないよ」 「なるほど。郷に入っては郷に従う、ということですか」 「ああ」  マリアの意見を聞けば、彼女も「そういうことなら」と頷いた。  もともと優遇されることを目的としてペンダントを掲げているわけではないのだから、代価を支払うことに抵抗はないようだ。 「ですがご存知のとおり、私たちは路銀をあまり持ち合わせておりません。クリンさんの(ふところ)事情はわかりませんが、相当な負担になるのでは?」 「そうだね。僕の手持ちもそこまで余裕があるわけじゃない。ここはやっぱり稼ぎながら旅をするのがオツかなって思うんだけど、どうだろう?」 「稼ぎながら……ですか。具体的にはどうやって?」 「決まってる。健全な金銭利益において、『労働賃金』に勝るものはありません」 「おお、名言出ました」  クリンの労働宣言にセナが茶化して、労働なんて経験のないミサキとマリアはきょとんと顔を見合わせていた。
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