第十二話 南シグルス

3/6
前へ
/327ページ
次へ
 順調と思われていた旅はここで急展開を迎えた。  南シグルスの中央付近に位置する大都市、デギローア。シグルス大国の産業革命を支えた、科学に秀でた都市として有名である。  機関車を降りて街中を見渡すなり、ミサキははっきりと告げた。   「私、ここに来たことがあります」  故郷かもしれないというのに彼女の顔色は優れない。記憶に誘われるまま歩き出した彼女を、三人は戸惑いながらも止めることはできなかった。  足は、市街ではなく研究所や工場が建ち並ぶ産業地帯のほうへ進んでいく。    ミサキの心臓はうるさいほど騒ぎ鼓膜を刺激している。  思い出さなくてはいけないことがある、そう感じるのに、思い出さないほうがいいと頭の片隅で誰かが警鐘を鳴らす。  おそらくここに居たのは、まだ幼かった時だと思う。視界がこんなに狭くはなかった。いや、時とともに街並みが変わったのだろうか。  ただ、肌にまとわりつく不快きわまりない風や、どこからか漏れ出す産業廃棄物の匂いは……間違いない、絶対に感じたことがある。  ある程度のところまで進むと、整備された道路には人の気配がしなくなった。  ミサキはまっすぐに巨大な建物へ向かっていく。無機質なコンクリートで作られた窓もない建物。それがいったいなんなのか見た目からはわからなかった。  が、その足は建物にたどり着く前に、物陰から飛び出してきた人物によって止められてしまうのだった。 「ミサキ!」  声もなく襲いかかってきた男に、いち早く気づくことができたのはセナだ。  男の長剣がミサキを刺すよりも早く、セナはとっさに男に飛びかかり、ともに地面に倒れ込んだ。 「セナ!」 「近づくな! こいつ武器を持ってる!」  セナの制止の声に、クリンはミサキとマリアを後ろに隠した。  男の上に馬乗りになり、セナは男の剣を取り上げようと揉み合いになっている。男は黒いマントに黒いフードと、全身黒ずくめである。  セナが優勢かと誰もが予想していたが、男は武道の経験があるのか戦いに慣れた動きで、セナの腹部に膝を入れるとすぐに態勢を立て直し、一定の距離を保った。剣を構えるその様は、騎士を彷彿とさせた。  男の隙はどこにも見当たらず、セナは構えをとったまま身動きが取れずにいる。だが、それは相手も同じようだ。  研ぎ澄まされた緊張感の中、クリンはその男に違和感を感じて必死に思考を巡らせていた。  二十代半ばくらいだろうか、男はまだ若く、フードからのぞく金髪に青い目は、髪と目の色がセナと逆だなと、こんな時だというのにそんなことを考える。  マントに隠された剣の(さや)は立派な装飾が施されており、その中心部に金の紋章が描かれている。  ──あっ!  クリンがその違和感に気づいたと同時に、男の剣先がセナからミサキへと移動した。が、セナが立ち塞がっている手前、むやみに攻撃をするつもりはなさそうだ。  男は忌まわしいものでも見るような目つきでミサキを睨んでいる。 「仕留め損なったとは思っていたが、やはり生きていたか! なぜシグルスにいる!」 「……えっ?」  その言葉はまっすぐにミサキへと投げかけられていた。  が、ミサキはその男を見ても思い出す気配がないのか、ただただ困惑するだけだ。  そこへピーッと甲高い笛の音が響き渡り、男は「しまった」と舌打ちをした。  異変をかぎつけたのか、遠くから警備隊と思われる格好をした複数の男たちがこちらに向かって走ってくる。    そちらのほうに気を取られて、セナに一瞬の隙ができてしまった。  男はすぐさま剣を横に振りセナの太ももを狙った。瞬時に後ろへのけぞり事なきを得たが、男の用事はセナではない。 「貴様だけは必ず殺してやる!」 「……っ!」  男の剣がまっすぐ縦に振り下ろされる。クリンがミサキを抱きしめて背を斬られることを覚悟した、その時。  バチンッと甲高い音がした。  マリアが一歩前に立ち、その手で大きな膜を作り上げていたのだ。その半透明の薄い膜は三人を難なく包み込むほどの大きさで、男の剣を弾き飛ばした。結界、そう呼ぶのが適切だろうか。 「なっ……聖女!?」  男が戸惑った隙をつき、セナは宙を舞う剣を奪うと、すかさず男の肩を切る。 「ぐぁっ」  ポタポタと、男の肩から血が滴り落ちる。  ようやく男の動きが止まったタイミングで、クリンは叫んだ。 「あの! あなた、ギンさんの知り合いですよね!?」 「!?」  男がパッとこちらを見て、同時にセナが「はぁ?」なんて素っ頓狂な声を上げる。  再び甲高い笛が聞こえてきた。 「おまえら、そこで何やってる!」  警備隊がどんどん迫ってくる。男が気がかりであったが、ここは退却したほうが良さそうだ。 「まずい、捕まったら面倒なことになる。逃げよう」  全員が同意したタイミングで、男は懐に隠し持っていた玉を取り出すと地面に叩きつけた。そこからもくもくと真っ白い煙が立ち上っている。 「お前たちも来い! こっちに抜け道がある」  男の声が響いた。  どう考えても危険である。だが、ここで捕まって面倒ごとになってしまうよりかは良いかもしれない。  白い闇の中、クリンは男に従ってみることにした。
/327ページ

最初のコメントを投稿しよう!

97人が本棚に入れています
本棚に追加