第十二話 南シグルス

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 男に案内されたのは産業地帯から少し離れた場所だった。  ゴーストタウンとでもいうのだろうか、廃墟が建ち並び、建物からはがれ落ちたコンクリートや錆びた鉄の破片などが、ひび割れた地面に転がっている。生活感どころか人の気配をまったく感じられない場所だった。  使われていないであろう小さな雑居ビルの一室に入るなり、男は古びたソファに体を預けた。肩の傷が深いのか、痛みに顔を歪めている。  カーテンで締め切られた一室に、生活感のあるものといえばその古いソファと毛布だけで、他の家具はいっさい置かれていない。埃の舞う床に乱暴に置かれた携帯食糧やブリキの水筒が、ここに長居するつもりのないことを表していた。  男に攻撃をしかけてくる様子はない。だが警戒を解ける雰囲気でもないので、四人は入り口側に立って距離を保っていた。  セナはいつでも応戦できるように奪ったままの剣を男に向けている。その後ろにクリン、マリア、ミサキが並ぶ。  一番手に動いたのはマリアだった。 「手当てを」 「近づくな!」 「いいえ。手当てをさせてください。あなたを攻撃するつもりはありません」  男の威嚇にマリアは怯むことなく歩み寄り、治癒術をかけ始めた。セナが「ほっとけばいいのに」と呆れたが、止めるつもりはないようだ。 「本当に聖女様なのか……」 「はい」  男は治してもらった腕を感慨深そうに見つめ、「感謝する」と礼を言った。  クリンは思った。この人はマリアのことを「聖女様」と言った。どうやら聖女に対して敵意は持ってなさそうだ。  言葉使いや雰囲気から滲み出る品の良さが、それなりに教育を施された人間であるようにも見受けられる。  つまり、無秩序だったゲミア民族とは違って会話が通じるのではないだろうか。  クリンは対話を試みた。 「僕の名前はクリン・ランジェストンといいます。三ヶ月くらい前に、アルバ国の王都でお会いしませんでしたか?」 「……そうか、あの時の少年たちか」  男も覚えがあったようだ。そう、クリンがさきほど感じた違和感は、彼に見覚えがあったからである。  彼はアルバ諸島で、ギンの家から王都へ戻る時にすれ違った旅人だったのだ。顔こそ覚えてはいなかったが、腰に下げられた金の紋章の鞘がやたらと印象に残っていた。  男はソファからゆっくり立ち上がると、こちらに向き直った。  念のため、クリンはマリアを呼び寄せる。男はマリアを盾にするつもりは毛頭なかったようで、マリアが戻るのを黙って見守っていた。 「ジャックだ。悪いがラストネームは捨てた身だ。仲間に迷惑をかけたくないから所属も伏せさせていただく」 「かまいません」  ジャックという男は冷静に名乗りながらも、その瞳の奥には深い敵意を潜めていた。先ほどからミサキの動きを注意深く観察していることから、よほど彼女に恨みがあるように見える。  このまま冷静な話し合いをするためには、何かルールを敷いたほうがいい。クリンはそう考えて、ひとつの提案を口にした。 「互いに聞きたいことがあると思うのですが、一問一答ゲームでいかがでしょうか」 「ほう……? 相手の質問に答え、こちらがひとつ質問をする、それを交互に繰り返すというやつか」 「はい。よく父と遊んでいました」  相手はその言葉にふっと笑いを漏らした。 「いいだろう。そちらのルールを教えてくれ」 「ありがとうございます。ゲームセットは片方の質問が尽きるまで。質問には最低40文字以上の長さで答えること、ただしイエスかノーかで答えられる場合は、ルール違反に該当しません。また、質問に対して『どういう意味?』などの質問返しはナシとします。当然ですが嘘偽りもナシです。見抜かれた場合はルール違反に該当します。以上、これらすべてのルール違反が発覚した場合はペナルティとし、相手の要望を身の危険以外でひとつ飲むこととします。いかがですか」 「了承した」  ジャックは素直にうなずく。 「ではマリアが治療を施した感謝料ということで、僕たちに先攻をください」 「ああ、いいだろう」  クリンはそこでセナに剣を下ろさせた。相手への誠意の証明であるが、気を抜いたのだと思ってくれても構わない。 「まず、あなたはあの建物付近で何をしていましたか?」 「……。奴らの研究がそろそろ過渡期を迎えているため、動きがないか見張りをしていた」  ジャックは41文字というギリギリのラインで返事を返し、続けて質問を投げてきた。 「逆に、お前たちはあそこで何をしようとしていた?」 「……」  『迷っただけ』という言葉は嘘になり、見破られればペナルティに繋がってしまう。   「事情があって各地を旅しておりまして、探し物が見つからないか見に行きました」 「探し物、ね」 「こちらの番ですね。あなたのおっしゃる過渡期を迎える研究とは、いったいなんのことですか」 「……」  男は答えることを躊躇っているようだった。この情報を与えるべきか、というより、こちらがどう反応するか読めずに警戒している、といった表情だ。  このゲームの厄介なところは、答えないという選択肢がとれないことだ。相手から聞き出したいことがあるなら、同じぶんだけ情報を明け渡さなければならない。 「シグルス大国が秘密裏に研究している、凶悪な兵器だ」 「……。残念、33文字ですね。ワンペナルティだ」 「……君は」  不敵に笑ったクリンを見て、なるほど、とジャックは呟いた。子どもだと思って舐めていたのだろう。やられた、というような表情で回答を改めた。 「シグルス大国がジパール帝国と手を組んで秘密裏に研究している兵器だ。これでいいだろうか」 「けっこうです。ワンペナルティの代償としてもうひとつ質問をさせてください」 「それでいい。……賢いんだな」 「ありがとうございます」  さて、とクリンは考える。  それにしても驚いた。ここにきて『兵器』というキーワードが出てくるなんて。もしかしなくてもその兵器とは、生物兵器のことだろうか。  おまけにジパール帝国と協力? 話が一筋縄ではいかなくなってきた。  生物兵器について聞くのが先か、それともミサキを襲ったことを聞くべきか。  前者を聞けば、こちらがそれについて関心を抱いていることがバレてしまう。相手がどんな立ち位置かわからない以上、それは危険だ。  ではミサキの素性について聞こうか? いや……ストレートな質問でこちらの『記憶喪失』という最大の情報を与えたくない。  記憶喪失だと知られてしまった時点で、相手はこちらから情報を引き出す価値が一切なくなってしまうのだ。それは情報合戦において負けと同義だ。  遠回りしよう。 「ギン・ストレイヤさんとお知り合いのようですが、あなたとの関係性を教えてください」 「彼は組織の副隊長だったが、残念ながらずいぶん前に脱退している」  ここで新情報だ。ギンさんと彼は昔の仲間だったらしい。残念ながらと言うことは、どうやら今も敵同士ではなさそうだ。
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