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「逆に、お前たちはギン副隊長とどういう関係だ?」
「旅の途中、アルバ王都で乱闘騒ぎになった時にギンさんに助けてもらいました」
探り合いの応酬は続く。
「ジャックさん。ギンさんが副隊長をつとめていたその組織は、何を目的に作られた組織ですか」
「……」
ジャックは一瞬だけ迷ったようだが、ミサキのほうをちらりと見て「隠すようなことでもないか」と独り言をもらした。
「シグルスとジパール帝国の同盟を阻止し生物兵器の開発を止めることだ」
「……」
やっぱり、生物兵器か……。
予想していたとは言え、その恐ろしい生き物を想像しただけでぞくりと背筋が冷える。セナとの関わりを調べるためには飛び込んでみなければならないのだが、正直に言えば関わりたくはない。
加えて大国二つが絡んでいる。厄介なことになりそうだ。
同盟、か。
シグルス大国はかつてジパール帝国の植民地だったこともあり、良い意味でも悪い意味でも深い関わりがあったことは知っている。
シグルスは先進国ではあるが、他国からの侵略に備えるには軍事力にやや不安がある。結ぶとしたら軍事同盟だろうか。
クリンは静かにミサキの横顔を盗み見た。ミサキは物憂げに考え込んでいるようで、その心情は読めない。
彼の立ち位置がわかったところで、ミサキとの関係図を整理する。
生物兵器の開発を阻止したいジャックが、ミサキを襲ったということは……ミサキは開発側の人間ということになるのだろうか。だが、彼女は記憶の断片から「生物兵器を止めなければいけなかった」と言っていた。矛盾している。
「次はこちらの質問だったな。先ほど『探し物』と言っていたが、お前たちは何を探しているんだ?」
「……」
直球の質問をぶつけられて、返答に迷う。お前も手の内を見せろということなのだろう。
しかし探し物と一言で言っても、セナとミサキでは探しているモノが違うのだ。
これは少々、小ズルイが……『嘘は言ってない』作戦でいこう。
「ここにいる弟とは血が繋がっていないので、彼の本当の親を探している」
「……そうか。それはデリケートな問題だった。気分を害したなら謝ろう」
「「え?」」
まさかここで謝罪がくるとは思わず、兄弟は間の抜けた声を出してしまった。
理知的な雰囲気から粗野な人物ではなさそうだとは感じていたが、思ったより情に厚い人なのかもしれない。
「良心が痛まねえか、クリン」
「ちょっと……やりにくくなってきた」
兄弟でヒソヒソ話し合っていると、彼に「次はそちらが質問する番だろう」と催促されてしまった。
さて。少しだけ彼の人柄にほだされてしまいそうになったが、そうは言っていられない。彼がミサキの命を狙っていることは事実なのだ。
そろそろ、そこらへんの事情を知りたいところである。
「あなたは出会った時に『仕留め損なった』とおっしゃいましたが、最後に彼女を見たのはいつですか?」
「はっ。それはその女が知っていることだろう」
「ではペナルティということでよろしいでしょうか?」
「ぐ……。取り消す、答えよう」
「まあ、いいですよ。セーフで」
どうやらミサキのことになると冷静ではいられなくなるらしい。よほど恨みがあるのだろうか。
「五年前にその女が乗った馬車を襲い、たまたま現れたリヴァーレ族のせいで見失った時が最後だ」
「……っ」
ギュッと、ミサキの手がクリンの左手を握った。その手は震えているようだった。
「ではこちらも聞かせてもらおう。その女がよりにもよって聖女様と一緒にいるのは、どういう了見だ」
よりにもよって、とはどういうことだろう。まるでミサキが聖女と一緒にいるのが好ましくないように聞こえる。
マリアとは友達だ、ということは伏せておいたほうがいいだろうか。
「この子は聖女の付き人としてプレミネンス教会から聖地巡礼の旅に出ました」
「……なに? そんなばかな!」
「こちらの質問の番です。この子のことをご存知のようですが、人違いだと困りますので名前を確認させてください」
これならば、相手に記憶喪失ということは気取られないだろう。
そんな目論見ばかりに目がいっていたので、彼が返した予想の斜め上をいく回答に、受け身を取れなかった。
「人違いなわけがない。そいつはジパール帝国を統べるヴァイナー皇帝の第一皇女、ミランシャ・アルマ・ヴァイナーだ」
「……」
四人、全員が言葉を失う。
うつむいたミサキの顔は真っ青だった。クリンは無意識に、つないでくれた彼女の手を強く握り返した。
「こちらからも尋ねよう。ミランシャ・アルマ・ヴァイナー皇女。あんたは帝国で聖女撲滅運動の第一人者だろう。なぜ聖女と関わり、こんな奴らといるんだ。いったい何を企んでいる!?」
「やめてください!!」
ミサキの叫び声が屋内に響き渡った。
「もう聞きたくありません! 知りたくない! お願いだからもうやめて!」
「ミサキ! 落ち着いて」
マリアがぎゅっとミサキを包み込む。
まだ色々と聞きたいことはあるが、クリンはこのゲームを終わらせることにした。
「この子の名前はミサキ・ホワイシアといい、そんな皇女のことなんて存じ上げません。以上、こちらからの質問はすべて終了したので、ここでゲームセットです」
「待て! まだ聞きたいことがある」
「しつこい」
ジャックが動き出そうとしたので、セナが剣を構え直した。その構えを見て、彼は鼻で笑うのだった。
「なんだ、その下手くそな構え方は。剣に覚えがないと見える」
「るせえな、喧嘩で負けたことは一度もねえよ」
「お前の生きてきた世界はずいぶんと小さいようだ」
「……はぁ?」
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