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ジャックは言うが早いか、床に落ちていたブリキの水筒を蹴り上げた。絶妙なコントロールで、それはまっすぐセナの持つ剣先へ向かう。
条件反射で打ち返せば、ジャックはもうセナの間合いの範囲である。
斜め下から素早い手刀で手を叩かれ、予想以上の重たい衝撃に、剣を握る手は力をなくす。その隙にジャックは剣を奪い、もう一方の手でセナの目を狙って二本の指を突きつけた。
「!」
警戒して仰け反った刹那、作戦どおりと言わんばかりにジャックはセナの足を払った。当然、セナはバランスを失う。床に崩れる直前で手をつけば、その上からジャックの剣が突き刺さった。
「うぁっ!」
「セナ!」
「近づくな! 動けば引き裂く」
串刺しにされた手の甲から、赤い血が滴って床に広がり始める。
加勢することは叶わず、クリンたちは身動きできずに顔を強張らせるだけ。あのゲミア民族とも渡り合ってきたセナが、一対一で劣勢を取られるなんて、誰が予想できただろうか。
「子どもをこれ以上痛めつけるのは不本意だ。ミランシャ皇女を置いて立ち去れば、命は見逃してやろう」
「……だから知らねえっつってんだろ、そんな女……っ」
「!」
ジャックが驚いたのは、セナが反対の手で突き刺さった剣を握り締めたからだ。
握った箇所から、じわりと血が流れ落ちていく。セナは息を止めて、その剣を上に持ち上げた。ジャックが抵抗して力を入れるが、単純な力だけならばセナに勝てる者などいない。
剣を一気に引き抜けば、そこから真っ赤な鮮血が溢れ出した。
「こいつ……っ」
ジャックがたじろいだ隙を狙って、セナは手の甲に溢れる血をジャックの目をめがけて振り払った。
「くっ」
それを避けるため、ジャックはのけぞる。セナはお返しと言わんばかりに彼の足をなぎ払った。
勢い良く転倒したジャックの上にまたがり、奪った剣を真上で止める。剣先はジャックの心臓を狙っている。
セナはどくどくと心臓が高鳴るのを感じていた。身に覚えのある大嫌いな感覚がやってきて、固く目を閉じる。
「セナ!」
「……っ」
クリンの声と同時に、ぶんぶん頭を振って、セナはその剣を部屋の隅に投げ捨てた。
「……驚いた。ただの子どもじゃないようだ」
ジャックは観念したといった表情で笑った。
「あなたの言う皇女なんて知りません。僕たちは聖地巡礼の任を負った聖女一行なんです。弟は聖女の騎士だ。これ以上やり合うというなら、あなたは聖女に仇なす存在ということになりますが、よろしいですか!?」
「……それは困る。俺の妹も聖女だった。敵ではない」
えっ、とクリンが声をあげた時だった。
窓の向こうから耳をつんざくような轟きが響いた。地面が割れるような地響きに、建物全体が揺れる。
「なんだ!?」
窓にはカーテンが覆われており、ここからでは外の様子がわからない。
「まさか!」
ジャックは起き上がるとカーテンと窓を開けた。
窓から見える遠くの街並みに、もくもくと煙が立ちのぼっているのが見る。その煙の中心地から、ゆらっと動く大きな影を見つけた。
「……なんだ、あれ」
影は鈍い動きで縦に伸び、形を作る。
それは手足の長い、人のような造形をしていた。
だが、それはここからでもはっきり見えるほどの巨大さで、二階建ての建物ですら半分にも及ばないと予測できる。
「ついに……完成させてしまったのか!」
と、ジャックは吐き捨てる。
その巨大な影はおもむろに片手を上げると、重力に任せて建物を叩き潰した。人々の悲鳴がここからでも聞こえてくる。
「あれ、リヴァーレ族じゃないのか!?」
「違う。あれこそがシグルス大国が秘密裏に開発してきた、生物兵器だ」
「あんなデッカイのが!? なんで自分の国で暴れてんだよ!」
「おそらく制御不能なのだろう。くそっ、仲間に連絡しなければ」
ジャックが振り向き、ミサキを睨んだ。
ミサキは落ち着きを取り戻したとは言えその顔は青白く、うつむいたまま放心しているようだ。
「……本当に皇女ではないというのか?」
「違います」
クリンの即答に、半信半疑といった顔でジャックはミサキを凝視している。もし本当に皇女だと言うなら、おそらくここで仕留めておきたいと考えているはずだ。クリンはミサキの前に立ちふさがったまま警戒を強めた。
だが、そんな問答をしている場合ではない。セナは窓枠に手と足をかけた。
「止めるなよ、クリン」
「わかってるよ。僕たちも後から行くから。気をつけて」
「セナ、あたしも連れてって!」
間に入ってきたマリアにセナは頷き、彼女を抱えて窓を飛び降りた。ジャックがギョッとしている隙に、クリンはすぐさまミサキの手を掴んでドアに向かった。
「ミサキ。走れ!」
「! 待て!」
待てと言われて従うわけもなく、クリンはミサキを引っ張って部屋を出る。ジャックは遠くに放置された剣を拾っていたせいで、わずかに後れをとってしまったようだ。
クリンとミサキは建物を出て全速力で走った。
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