第十三話 巨人との戦い

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 セナとマリアが逃げた先、三階ビルの屋上。巨人は長い腕を横に振り払い、そのビルをなぎ払った。 「きゃあ!」 「なんつー怪力だよ!」  ビルは横に真っ二つに割れて、セナたちは足場を失う。落ちていく瓦礫にぴょんぴょん飛び乗って避難するが、マリアを抱えたままなので動きが鈍い。 「ちょ、セナ! あたし邪魔でしょ、おろして!」 「今おろしたら死ぬだろ!」  瓦礫は容赦無く降ってくる。足場を確保しながら上からの瓦礫を避けて、なんとか身を守った。  やがて地面に降り立つと、真上にふっと影ができた。 「!」  見上げれば、巨人の手のひらが空を隠していた。ギリギリのところで横に回避すれば、手のひらは地面を叩き割ったところ。  防戦一方のセナたちだったが、運良く援護射撃が送られてきた。警備兵たちが銃を乱射し、巨人の腹に撃ち込んでいく。おかげで巨人の動きが止まって、セナたちに立て直す時間を与えてくれた。  しかし多方面からの攻撃に注意がそがれるかと思われたのに、残念ながら警備兵には見向きもせず、巨人はセナとマリアを視界から逃さないよう追いかけてきた。 「なんでこっちばっかり狙ってくるんだよ!」 「あんたがハエみたいにブンブン飛び回るからでしょ!」 「てめえはさっきから猫とかハエとか!」  ぎゃあぎゃあ喚きながら二人は巨人の背後へ回った。巨人は動きが鈍いため、正面ではなく背後からの攻撃が有効ではないかと試みる。  やつは膝をついたまま立ち上がる気配がなく、その足は無防備に地面にさらけ出されていた。  セナはマリアをおろし、巨人の足裏めがけて拳を叩き込んだ。  マリアも遅れて反対側の足を攻撃する。司教の氷柱(つらら)攻撃はよく効くのか、巨人は上半身を伏せて痛みに耐えていた。  あの女の術だと思うと素直に喜べはしないが、殺傷能力の高さは十分うなずけるものがある。奴を仕留めるのには、この術が一番効果的だろう。 「おい、その氷柱で弱点ついてやれ!」 「おっけー、脳天串刺しにしちゃうわよ」 「……おっかねー女」  セナの余計な一言にギロリと睨んで、マリアは力をためて巨大な氷柱を作り始めた。  時間を稼ぐため、セナはおとりを引き受ける。  巨人の足の上に飛び乗ると、背中、肩へとのぼっていき、体中に拳を入れていく。気が散るのか、やはり巨人はセナの動きにばかり注目しているようだ。  計画どおりヤツの気を引き続け、氷柱が最大の大きさになるのを待ちながら、セナはこのまますべてがうまくいくと思っていた。  が、その油断しきったところに思わぬ邪魔が入って、事態は最悪の方向へと舵を切るのだった。マリアと巨人の動きにばかり集中しすぎて、そこに第三者がいたことを失念していたのである。 「かまわん、撃て!」  巨人が動きを止めたのを好機とばかりに、警備兵が銃を撃ち放った。  その射程範囲にセナが含まれていることも承知の上で、無慈悲にも銃弾の嵐が注がれていく。 「──うあっ」 「セナ!」  弾丸が左肩に命中し、大量の血飛沫が舞った。体は衝撃を受けて吹っ飛び、地面へと急降下して、そのまま地面に叩きつけられた。  あまりの激痛になすすべもなく、セナはその場に崩れ落ち、片手で肩を押さえる。感じたことのない焼けるような痛みに、ただただ(もだ)えるしかない。 「……っ。あ……っ」  傷口はまるで炎が噴出されているように、熱さを伴う。呼吸すらままならず、どくどくと生あたたかい血が流れ落ちていく感覚に、心臓が狂ったように脈を打っていた。 「……ぁ、くそっ……痛て、ぇ」 「セナ!」  同じく銃を撃ち込まれて動きをとめた巨人に、マリアはまだ増幅途中だった氷柱を放った。  だがそれは狙いが定まらず、巨人の肩に軽く刺さって終わった。  マリアが慌ててセナのもとへ駆けつける。彼の肩には大きな赤黒い銃創ができて、そこから真っ赤な血が流れ落ちていた。慌てて治癒術をかけても、やはりセナの体は受け付けてはくれない。 「セナ、どうしよう……セナ!」 「! ばか、来るな!」  ふっと二人の上に影ができる。見上げれば、巨人の大きな拳が勢いよく真上から振り下ろされていた。 「──!」  咄嗟にマリアを突き飛ばした。直後、巨人の拳がセナを直撃した。  ドゴォオォン! と、至近距離で起こった激しい轟音が鼓膜を刺激する。 「セナ!」  割れたコンクリートの破片が身体中に飛んでくる中、マリアは痛みに顔をしかめながらもセナのほうを見やった。破片と噴煙が邪魔をして、押しつぶされた中心地にいるセナが見えない。  なんとか起き上がって、ぐちゃぐちゃに割れた地面の上を走り、セナのもとへと急ぐ。  噴煙に包まれた視界に、うつ伏せのままぴくりとも動かないセナを見つけた。彼を中心に地面は放射状に砕け散って、その破壊力のすさまじさを物語っている。 「セナ! やだやだ、セナ! セナ!」  何度揺さぶっても、セナは完全に意識を失っていて反応がない。  たらりと、セナの口の端から一筋の血が流れたのを見た。  ──死。  そのたった一文字が脳裏をかすめ、マリアは胸が凍りつくような感覚に襲われた。 「やだよう、死んじゃやだ! ねえ、起きて、お願いセナ!」  その上に、もう何度目になるかわからない影ができあがる。  ああ、襲われる。  頭ではわかっているのにマリアはそこから動くことができずにいた。  チャキ、と、聞き慣れない金属音が周囲に響いた。  目を向ければ、銃を構えた警備兵たちの姿。巨人を狙う銃口は、その範囲に自分とセナも含まれていることになんら躊躇いがないように思われた。 「なんで……なんでこんなことするの」  マリアの声は、兵には届かないほど小さく震えていた。 「……セナは、あなたたちの町を守ろうとしたのに……なんでそんなひどいことができるのよ!」  叫びも虚しく、巨人の拳が振り下ろされる。  と同時に銃声が鳴り響いて、マリアは目を閉じた。
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