第十三話 巨人との戦い

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 シグルス大陸は白い光に包まれた。  突然視界を奪った強い光に、クリンとミサキは走る足を止める。 「なんだ!?」 「これは……聖女の光でしょうか!?」 「じゃあマリアが!?」  光はいまだにおさまりそうもない。二人は眩んだ目を細め、それでも再び走り出した。  ミサキはクリンのジャケットを頭からかぶっている。彼女の素性は定かではなかったが、その外見を人目に晒すのは避けようというクリンの提案だった。  巨人から逃げ惑う人々の流れに逆らって、光の中心地へ向かうと、その光景に息をのんだ。  地面に張られた大きな光の(まゆ)。そこから放たれた数本の光の剣が、今まさに巨人の全身を串刺しにしたところである。  全身から血飛沫をあげ、巨人は声もなく崩れ落ちた。倒れこんだ先は繭の上。しかし繭は巨人の体に押し潰されることなく、バチンと音を立てて吹き飛ばした。  ズシ……ンという激しい(とどろ)きとともに、地響きをあげて巨人は地面に倒れる。こと切れたのか、大量の血を流したままぴくりとも動かない。どうやら完全に息絶えたようだ。  繭の中には、うつ伏せで横たわるセナを、上から覆うように抱きしめるマリアの姿があった。 「マリア!」  遠くからマリアの姿を確認すれば、同時に銃声が鳴り響いて思わずその足を止める。  警備兵は巨人が崩れ去った後もなお、攻撃を続けていた。その銃口はまっすぐにマリアたちを包む繭へと注がれている。  クリンは新聞で見聞きしたことしかない拳銃を初めて拝んで、その威力の強さにごくりと唾を飲んだ。  バン、バン!  いくつもの銃弾が繭に跳ね返されていた。 「マリア!」 「ミサキ、危険だ!」  近づこうとするミサキの腕をつかんで、クリンは必死に止める。だがそんな自分も心中は穏やかではなかった。セナが、まったく動かないからだ。  マリアは目線をゆっくり動かすと視界に警備兵をとらえた。  拳銃が強く光り輝き、それは形を保つことができずに崩れ落ちてバラバラと部品が散らばった。 「ひぃっ」  他の警備兵たちがバン、バン!と撃ち続ける。それに応じるように、マリアは次々に視線だけで銃を破壊していく。 「化物ども……!」  と、誰かが言った。  だがクリンが抱いた印象はまったくの別物だった。二人を優しく包み込む繭は神々しい光を放っており、それは胸を詰まらせるほど美しかった。まるで外敵から子を守っているような母性すら感じられる。  そしてこの状況下で、人ではなく武器を壊していくその術からは、マリアの本質が見える。  恭敬の念すら感じられるその光景に、恐怖など感じられるわけがなかった。  だがそのマリアと言えば、意識はあれど放心状態といった感じで、こちらの存在には気づいていないようだった。   「クリンさん、止めないでください。今行かなければ私はあの子の親友を二度と名乗れません」 「ミサキ……」  ミサキは被っていたクリンのジャケットを脱いで、声を張り上げた。 「みなさま! 攻撃をおやめください。わたくしの声を聞いてください!」  凛とすき通る声に、一同は動きを止めた。  一人の兵がミサキに銃口を向ける。クリンは無意識にミサキの前へ立ちはだかった。  まさか彼女が正面突破に出るとは思わず、内心冷や汗をかく。この状況をどうかいくぐるつもりなのか。 「銃をおろしなさい。あなたは誰にそれを向けているのか、おわかりですか」  聞き慣れない話し方と声色に、クリンは「まさか」と思った。 「わたくしの名はミランシャ・アルマ・ヴァイナー。ジパール帝国の第一皇女です。このわたくしに銃口を向けるということは、ジパール帝国に銃口を向けるのと同じこと。ひかえなさい!」  なんて無茶なことを!  クリンはその言葉を寸でのところで止めて、ことのしだいを見守るしかないことを理解する。  司令官だと思われる男に命じられ、兵は銃口を下げた。兵の間で「たしかに面影が……」「事実確認を急げ」との声が上がり、何名かがその場をあとにした。  それを見納め、ミサキは凛とした表情で歩き始める。向かう先はもちろんマリアを守る繭だ。クリンもあとへ続いた。 「この者たちは国家間に影響をおよぼす重大な役を担った聖女とその騎士です。あなたがたの独断で始末することはこのわたくしが許しません」  その宣言に抗える者など居るはずもなく、包まれたのは緊張感漂う静寂のみ。  ミサキは繭の前へ行くと膝をつき、そっと繭へ手を添えた。マリアは茫然とミサキを眺めるだけで、いまだに意識がはっきりしていないようだ。   「マリア」  びくりと、マリアの瞳が揺れる。 「ミ……サキ」 「静かに。中に入れて」 「あ……」  ようやく正気に戻ったのか、ミサキとクリンの姿を認識し、安堵した表情で繭の光を和らげた。光はふわりと形を歪ませて、ミサキとクリンを受け入れる。 「クリン……助けて」  マリアはずっと覆い隠していたセナの体から離れた。目からぽろぽろと涙がこぼれ落ち、セナの頬を濡らしていく。そんな彼女の肩を、抱きしめこそしなかったがミサキの手が支えた。  クリンは急いでセナの容態を確認した。  意識はないが、脈はある。わずかだが呼吸もあるようだ。しかし左の肩にある大きな赤黒い穴からは、今もなお血が流れ出ている。 「この傷は……」  銃創だ。  そう認識した時、絶望感に襲われた。  アルバ諸島に銃なんかない。父でさえ治療したことがあるかもわからないというのに、半人前の自分には手の施しようがないではないか。 「クリンさん、いったんここを離れましょう。セナさんを抱えることはできますか」 「自信はないけど、やるしかないね」  手短に止血だけは施した。それから自身の荷物をミサキに預け、セナの腕をゆっくりと自分の肩にまわした。  ずしりと重みを感じ、足はふらつく。自分とほぼ同じ背丈、同じ体重の人間なんて、担架もなしに持ち上げたことなんかない。だが背中に感じるこの命の重みに、負けたくはなかった。
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