第十四話 聖女と皇女

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 ジャックが部屋に戻ると、出掛けた時となんら変わらない光景が目に入った。  青髪の少年は処置を施した時と同様に半裸のまま横たわっており、肩と両手に包帯が巻かれている。それを案ずるように他の三人が取り囲んでいた。 「弟くんの様子はどうだ」 「あいかわらずです」 「そうか」  ジャックは店で購入したガーゼや包帯と、四人分の食糧が入った紙袋を差し出した。 「必要な物を買ってきた。お前らも食え」 「……」  クリンはじゅうぶん警戒をしながらそれを受け取る。中を確認し「ジャックさんの食べるものは」と聞けば「食べてきた」との返事。  念のため、クリンが代表で毒味役を申し出た。それを見ながら、ジャックは入り口付近に腰掛け、壁に背を預ける。ごく自然なそぶりでクリンたちの退路を断ったわけだ。 「別に毒なんか入ってないだろう? 聖女様に毒なんか食わせられないからな」 「……美味しいです」  厚みのある肉と野菜を包む、ふわふわのパン。塩をまぶしたスティック状の揚げた穀類。  故郷では見たことのない食べ物だったが、それは腹にガツンとたまるような重量感があって、食が進んだ。  マリアとミサキも続いた。やはり、毒は入っていないようだ。 「初めて食べました。アルバ諸島にはない食べ物です」 「ああ……。そういえば、この間ギンさんに会いに行った時に怒られたな。久々に食べたかったのになんで買ってこないんだって。無茶を言う」 「……」  おそらく無意識なのだろうが、ジャックはその時のことを思い出して穏やか表情で笑った。その笑顔に、クリンはやはり好印象を拭えなかった。 「あの。ジャックさんと話がしたいのですが」 「ほう。また一問一答ゲームをしようっていうのか?」 「いいえ。ゲームではなく、誠意をもって語り合いたいのです」 「……君、いくつだ?」 「十六です。僕はアルバ諸島で生まれ育ちました。ジャックさんはおいくつですか?」  どこが十六、と苦笑して、ジャックは素直に頷いてくれた。 「俺は二十五だ。ネオジロンド教国出身だが、そこは今、領地を攻められてジパール帝国の植民地となっている。もう十年も前になるな」 「もしかして、サジラータですか」 「ああ」  同じ教国に居たとあって、マリアはすぐにどこの領地か理解したようだ。クリンはイマイチピンとこなかったが、ネオジロンド教国とジパール帝国の境目だろうということは理解した。  彼が聖女を敬うのも、騎士のように振る舞うのも、もともと聖女を崇める教国出身だとすれば納得ができる。 「そっちは? ただの聖女様ご一行にしては、毛色が違うようだが」 「僕らはもともと別々に旅していたところを、偶然出会って一緒になりました。こちらのマリアは巡礼の旅を。僕たち兄弟は……弟の出自を知るためです」 「ふむ」  ジャックはちらりと横たわったままのセナを見た。 「生物兵器と互角にやりあっていたな。ずいぶんと不思議な少年だ」 「……見ていらっしゃったんですね」 「まあな」 「おっしゃるとおり、不思議な力を持った弟です。その秘密を知るために旅をしています。マリアが騎士不在とのことだったので、臨時で騎士になったことをきっかけに最後の巡礼までご一緒することになりました」 「……。嘘ではなさそうだ」 「はい」  最後の一口を飲み込んで、クリンは「ごちそうさまでした」と礼を言う。そのあとで本題を切り出した。 「なので、僕たちはもう次の巡礼の地である北シグルスへ(おもむ)かなければなりません」 「……なるほど。見逃せと、言いたいんだな」 「はい」  ジャックの視線はミサキへと注がれた。刺すように冷たく、殺意をどうにかして抑えているというような温度で。 「その女は巡礼にまったく関係がないだろう。その女の首だけ置いて行け」 「冗談じゃありません。ミサキはあたしの大事な親友です」  マリアが声を張り上げ、断固として拒否をする。 「ミサキ、ね。……記憶喪失と言ったか」 「……はい」 「五年間、探しても探しても見つからないわけだ、プレミネンス教会に保護されていたんだからな。自分が滅ぼそうとしていた者に助けられた気分はどうだ?」 「……」 「よりにもよって聖女様とミランシャ皇女が親友、ね。滑稽だな」 「何が滑稽なんですか」  ややムッとして、マリアが尋ねる。そんなマリアに視線を移し、ジャックは冷たく笑った。 「君はずいぶん若そうだな。知らぬのも仕方ない。この女がどれだけ冷酷で残忍なのかを」 「……」 「『ミランシャ・アルマ・ヴァイナー皇女様に捧ぐ』……その言葉を旗印に、帝国軍がいったい何十人の聖女の首をはねたと思う。その女は十歳という幼さでありながら、聖女の首が並ぶのを顔色ひとつ変えずに眺めていた恐ろしい女だ。その列に俺の妹の首も並んだ。あんたはそれでもこの女を親友と呼べるのか?」  ジャックの声が低く、冷たく部屋に響いた。  彼の憎悪の原因を知ってクリンは静かに息を呑む。冷静に語っているが、彼がどれほど深い傷を背負っているのか想像に容易い。 「妹さん……亡くなられていたんですね」 「ああ」  クリンの質問にジャックは短く答えると、そっと左手で剣の(つか)を握った。 「それからギンさんたちが作った組織に加入して、ずっとミランシャ皇女の首を狙い続けていた」  ジャックの冷たく凍るような視線がミサキへと注がれている。  少しでも気を緩めれば斬りかかってきそうな緊迫感の中、クリンとマリアはいつでもミサキを守れるように警戒心を研ぎ澄ませていた。 「もしも、それが本当のことだったら……」  マリアはしばらく目を閉じて考えたあと、ぽつりぽつりと嘘のないように答えた。 「正直わかりません。でも、あたしが知ってるミサキは絶対にそんなことを望みません。何か事情があったんじゃないかと思います。だからミサキが記憶を取り戻した時に……彼女の話を聞くことで変わる心情もあるのではないでしょうか。その時の自分の心に従います」  クリンもマリアと同じように感じていた。記憶が消えてなくなっても、根本的な性格にまで影響するとは思えない。何かの誤解ではないだろうか。  むしろミサキの人柄から推測するに、そのミランシャ皇女は彼女とは別人なのではないかとすら思えた。    だが綺麗事だと思われたのだろう、ジャックは軽く鼻で笑っていた。
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