第十四話 聖女と皇女

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「ジャックさんの組織の話を聞いても?」 「それはやめておく。お前たちの話を信じていないわけではないが、その女が本当に記憶がないのか定かではない以上、組織に迷惑をかけるようなことはできない」 「わかりました。……では、組織の方たちはミサキのことをなんとおっしゃっていましたか?」 「どういう意味だ?」  クリンの質問に、ジャックは柄に手を添えたまま首を傾げた。 「買い物というのは建前で、組織にミサキのことを報告したのでは? てっきり仲間を連れてくるのかと思ったら、ジャックさん一人で帰って来られたので驚きました」 「…………」  ジャックは目を伏せて眉間にシワをよせた。 「組織には、報告していない」 「え?」 「組織は年々、過激化している。ミランシャ皇女をかくまっていることがバレたら、仲間は話合いの猶予もなく皇女を八つ裂きにするだろう。皇女と一緒にいる仲間もろとも、な」 「……ジャックさんは僕たちの安全を考慮してくれたんですね」 「そんなんじゃないさ。俺は自分の手でミランシャ皇女の首をはねたいだけだ。妹を殺した罪を、その身に刻み込んでやりたい。他のやつらの手に奪われてたまるか」  チャキッと、剣の音が響く。ジャックが柄を握る手に力を入れたのがわかった。 「……でも、ジャックさんは僕とこうやって話し合いをしてくれました。なんだかんだ、ミサキの記憶喪失のことも信じようとしてくれています。あなたは優しくて理性的な人だ」  クリンは確信した。  やはりこの人は情に厚く、信用に値する人だと。 「ジャックさん、もう一度説得します。今は僕たちを見逃してくれませんか。ジャックさんの復讐は、今じゃない。うすうすジャックさんだって気づいているはずだ」 「……」 「まだ彼女が本当にミランシャ皇女かどうか定かじゃありません。記憶のない皇女を殺したって、罪を(あがな)ったことにはならない。だから記憶が戻って彼女自身が罪を認めるまでは、復讐するのを待ってください」 「……」  長い沈黙が訪れる。  ジャックは再びミサキへと視線を移し、考えを巡らせているようだった。ミサキはその視線を真正面から受け止めて、ジャックを見つめ返していた。  やがて、折れたのはジャックだった。 「仕方がない……か」 「!」 「だが、このまま野放しにはできない。俺も巡礼の地まで付き合おう」  クリンはマリアを見た。巡礼の主役はマリアである、彼女の意見を尊重したかった。 「あたしは構いませんが……。ミサキは大丈夫?」 「ええ、平気よ」 「ジャックさん、記憶が戻るまでミサキの命を脅かさないと約束できますか」 「そちらが逃げない限りはな」 「ミサキの心を追い詰めないことも約束してください」 「……努力はしよう」 「では剣から手を放してください」 「ああ、失礼した」  ずっと無意識だったのだろう、マリアの言葉でようやく柄を握り締めていたことに気づいて、ジャックはパッと手を放した。  マリアは了承の意味をこめて、クリンにうなずきを見せた。 「僕たちは表立って動くことができないので、食材の調達や安全ルートの確保など、自由に動ける人がいてくれると助かります。ジャックさんを信用してもいいですか」 「ああ。聖女様のためなら協力しよう。俺はもともと妹の騎士になりたかったんだ。ここで役に立てるなら少しは報われるだろう」  ふ、と緊張の糸をほぐして、ジャックは笑った。マリアに注がれたその笑みは、まるで妹へ向けているみたいだった。 「巡礼の騎士はどうするんだ? 瀕死の弟くんにはもう荷が重いのではないか」 「あー……。そのことなんですが。セナ、もういいよ」  言いにくそうに苦笑してクリンがセナのほうを振り向くと、セナはむくっと起き上がって、「なげーわ!」と言い放った。  当然、ジャックはギョッとしたようだ。 「なっ……もう目を覚ましたというのか」  驚くジャックを無視して、セナはぺりぺりと包帯をほどいていく。あらわになった皮膚にはなんの傷口も残っておらず、ジャックはさらに驚いたようだ。 「その傷は……」 「マリアの治癒術です」  クリンはとっさに嘘をついた。  これ以上、弟を珍獣のような目で見てほしくはなかったし、自分たちですら理解ができていない事象を人に説明するのは難しかったからだ。  ジャックは疑うこともなく、すぐに納得してくれたようだった。 「そうか……、やはり素晴らしいな」 「えっと、へへ」  身に覚えのない賛辞に、マリアは少し気まずそうではあるが、クリンの気持ちを汲むことにした。 「なぜ、今まで怪我をしたフリを?」 「すみません。ジャックさんが仲間を大勢連れてきた時に、話し合いの場を設けるために油断してもらいたかったんです。主戦力のセナが短時間で快復したとわかったら、さらに警戒されてしまいますよね。冷静な話し合いにならないんじゃないかと思って」 「君は……本当に十六か?」 「すみません、『誠意をもって』なんて……半分嘘つきました」 「……はは」  ジャックは「してやられた」という表情で、力なく笑った。  そんなやりとりには目もくれず、セナはジャックが買ってきてくれた食べものを手に取る。  やっとのことで食べることができたというのに、一口頬張って、「冷めてる……」と、しょんぼりするのだった。
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