第十五話 しばしの別れ

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「はぁぁあぁ──!?」  クリンが絶叫したのは、マリアから一枚の紙を渡された時だった。  早朝。目が覚めたらセナが居なかったため探しているうちに、別の部屋で眠っていたマリアが起きてきて小さなメモを渡してきた。  それはセナからの短い手紙だった。 『クリンへ   ちょっと用事ができた! 一週間後に戻るから、先に北シグルスへ向かってくれ。セナ』  そこで先ほどの絶叫である。  クリンはその手紙をくしゃっと丸めた。  いろいろ聞きたいことがある。  いつ、どこへ、どうやって行ったのか。なぜマリアが知っているのに兄である自分は知らないのか。騎士の仕事はどうした、無責任ではないのか。  そもそもそんな自分勝手なことするだけの理由がちゃんとあるのか。 「お、落ち着いて、クリン! 説明するから!」 「そうですよ、とりあえず朝ごはんにしましょう」  女子二人に(なだ)められてもいまいち腹の虫がおさまらなかったが、子どもみたいに怒っても仕方がない。  クリンは深いため息ひとつついて、そのくしゃくしゃになった手紙を広げ日記帳に挟んだ。  帰ってきたら絶対ゲンコツくらわせてやる。そう心に誓って。  ジャックが買ってきてくれた朝食を食べながら、マリアはざっくりと説明をした。  実は場所移動の術を使えるようになったこと。ただし、まだ力が不安定なのでセナに付き添ってもらいながら練習中だということ。  昨夜セナに頼まれて、アルバ王国の王都まで送ったこと。  一週間後の正午に同じ場所へ迎えに来るよう頼まれたこと。 「セナはアルバ王都に何しに行ったんだ?」 「さ、さあ。あたしも聞いたんだけど、『ナイショ』の一点張りで……ごめん」  クリンの目が据わっているので、マリアはビクビクしながら答えている。  そういうわけではないが、王都へ送る直前まであの湖で星を見ていたことは、なんとなく言えなかった。 「それにしても聖女様を運び屋代わりに使うとか。けしからんな」  ジャックも別の意味でご立腹のようだ。  クリンはもう一度、盛大なため息をついた。  セナが何を企んでいるのか、まったく見当もつかない。だが弟の突拍子もない行動にはもう慣れっこだ。  さすがに今回は予想のはるか上を超えてしまっているが、ちゃんと戻ってくると言っているのだから、信じよう。 「一週間あれば、巡礼の教会にもだいぶ近づくよな。それまで静かに旅ができると前向きに考えようか」 「そうですね、食費も浮きますし」 「言うわねぇミサキ」  諦めモードで笑うクリンに続いて、ミサキとマリアも笑った。  その数時間後。  セナはギンの家のドアを乱暴に叩いていた。 「おっさーん! いるんだろ、おっさーん」  王都の宿を早朝に出発したため、日は昇ったばかり。当然、中には人がいるはずだが……まったく応答がない。 「おっさーん? 開けるぞー?」  セナが怪訝に思ってドアノブに手をかけた、その時。  バンッと勢いよくドアが開いて、中から人影が飛び出してきた。 「!」  一切の気配も感じなかったため突然のことに避けることも叶わず、セナはその人影に正面から飛びかかられ、地面へ仰向けに倒された。  顎を上向きになるよう固定され、一瞬で呼吸が止まる。 「ぐぁっ……」  パッと目を見開いて相手を確認すれば、その目はさらに見開かれるのだった。 「おっさ……」 「あれっ、おまえ」  襲ってきた人物は緑色の髪にバンダナを巻いた男性、ギンだった。  ギンはセナを視認するなり腕をゆるめ、固定していた頸部(けいぶ)を解放した。  呼吸がラクになり、セナはケホケホと咳き込む。 「なにやってんだ、お前」 「……ははっ。おっさん、やっぱりタダもんじゃねーわ」  咳き込みながらも笑ったセナを怪訝そうに見つめ、ギンは頭をぼりぼりかいた。 「兄貴はどうしたんだ?」 「クリンとはいったん別れてきたんだ。大丈夫、元気だよ」 「ほう?」 「おっさん、ジャックに会ったよ」 「……」  ギンはそこで、初めての表情を見せた。  その顔を固く変え、眼光がギラリと怪しく光っている。   「お前、ジャックと何があった?」 「戦ったけど、劣勢だった」 「……」  ギンはますます険しい表情になっていく。  だが、セナは怯まなかった。 「おっさん、ジャックのいる組織の副隊長だったんだろ!? あいつより強くなりたいんだ。いや……拳銃よりリヴァーレ族より生物兵器より強くならなきゃいけないんだ。じゃなきゃ守りたくても守れない」 「生物兵器だと?」 「ああ。戦ったけど俺は全然役に立てなかった。おっさん、言ったよな? 正しい喧嘩の方法を教えてやるって。教えてくれよ!」 「……」  しばらくの間、ギンとセナは視線を交わし合っていた。  そこにやや強めの風が吹いて、二人の間を通り抜ける。  先に口を開いたのはギンだった。 「とりあえず話を聞きたい。中に入れ」  ギンは(きびす)を返すとドアへ向かった。 「そうそう。うちには特殊なルールがあってな。決まったノックでしかドアは開けないんだ」  と言って、ギンはドアをコン、コンコンコンと叩いた。 「それ以外のノックは基本、攻撃で返すことにしてる」 「変なルール」 「ちなみにさっきの攻撃だが、ジャックは難なくかわしたぜ」 「……」  ギンの挑発に、セナはヒクッと口の端を上げた。 「上等だよ、ちくしょう」  悔しそうに返事するセナを見て、ギンは意地悪に笑うのだった。
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