第十五話 しばしの別れ

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 セナはグランムーア大陸での出来事や、シグルス大陸に渡ってからの件をすべて語った。  久しぶりの再会にはしゃいでセナの周りをウロチョロしていたナターシャは、話が長引くに連れて飽きてしまい、セナの腕の中ですやすやと眠っている。 「……ミランシャ皇女は生きていたのか」  終始難しい顔で話を聞いていたギンは、聞き終えるなりそう呟いた。  その声色は落胆というよりも安堵に近いような気がして、セナは不思議に感じた。 「おっさんも、ミサキの馬車を襲ったのか?」 「いや、俺はその頃には組織を抜けてた。シーラと結婚することになってな。身の安全と引き換えに組織を裏切った形になってしまった」 「……ふーん」  なるほど、それでノックのルールか、とセナは理解する。 「まあ、その頃には組織は二分化されていて、遅かれ早かれ俺は組織から足を洗っていただろうよ」 「二分化?」 「今の隊長率いる過激派と、俺たち穏便派だ」 「じゃあ、ミサキを襲ったのは……」 「過激派だな。ジャックは考え方こそ俺たち寄りだったが、ミランシャ皇女への復讐心に負けて過激派に(くみ)しちまったみたいだな。目をかけていただけに、がっかりしたよ」 「……。三ヶ月前にジャックがここを訪ねてきた用件は?」 「生物兵器が完成間近だと報告に来た。組織に戻ってこないかってな」 「返事は?」 「断ったに決まっているだろ。二度と来るなと追い返したよ」  ふーん、と呟いて、正直ホッとしている自分がいる。セナはさらに質問を重ねた。 「おっさんがいた組織って、どこにあるんだ?」 「ジパール帝国内だ。俺たちは政府に反発する……いわゆるレジスタンスだ」  レジスタンス。同じ国の人間でありながら思想が異なる、反政府組織というやつだろう。  セナはそう解釈しながら、同じ国の人間なのに皇女を殺そうとしたのか、と不快感を覚えた。 「そもそも、同盟を阻止して生物兵器の開発を止めるのが目的なのに、なんで皇女を殺そうとしたんだ?」 「ミランシャ皇女とシグルス大統領子息との婚姻が決まったからだよ。同盟がより確固たるものになると、組織は気が気じゃなかった」 「婚姻……。ミサキが」  そう呟いて、セナは「うげ」と吐き捨てた。  その当時まだミサキは十二かそこらだったはずだ。  成人もしていないのに嫁がされるなんて、なんてグロテスクな世界だろう。 「そもそも同盟の目的ってなんなんだ? ミランシャ皇女と結婚するメリットってなに?」 「帝国は、シグルスの生物兵器を作る科学力と資金が欲しかった。シグルスは帝国の軍事力と他国への後ろ楯がほしかった。大統領子息が皇室の血縁者を迎えることで政権の地盤固めにもなる。いわゆる政略結婚だな」  ふと兄の顔が思い浮かんで、セナは苦笑いを浮かべた。  兄が知れば、「人権侵害もいいところだ!」と叫び出しそうだ。 「それにミランシャ皇女はシグルス大統領子息のお気に入りだそうだ。そして皇女も首を縦に振ったことで婚姻は決まり、同盟がより確実なものになった」 「……ミサキも、乗り気だった、と」 「ジャックたちが馬車を襲ったのは、婚約式に向かう途中だったそうだ」  そこでミサキは記憶喪失になり、国境を越えて彷徨っていたところを、あろうことか敵側であるプレミネンス教会に保護されたというわけだ。  帝国側はミランシャ皇女は襲撃されて殺されたと発表し、シグルス側は納得しなかった。  そして同盟はシグルス側が渋ったことで延期という形になり、水面下での交渉が行われつつも五年の歳月が流れ、今に至る。 「俺が組織を抜けたことで穏便派は解体され、過激派しか残っていないと聞く。皇女が生きているとわかったら、過激派は黙っちゃくれないぞ。シグルス側だって、喉から手が出るほど欲しかった女が自国にいるとわかったら、草の根をわけてでも探しだすだろうな」  ただでさえ、五年の交渉を経てもう一度同盟が締結されようとしているのだ。そんなときにミランシャ皇女が現れてもとの鞘におさまってしまったら、同盟締結はもう回避しようがない。  レジスタンスは絶対にミランシャ皇女を生かしてはおかないだろう。 「おっさんはどう思うんだ? 皇女について」 「……」  ギンは説明しがたいといった表情で腕組みをした。 「ミランシャ皇女は……読めないな、と感じていた」 「はぁ?」  要領を得ない返答に、セナは首を傾げる。  腕の中のナターシャがぴくりと動いたので、セナはトントン背中を叩きながら小声で聞いた。 「どういう意味だ?」 「いや、これは俺の勘だ。そもそも彼女は病弱で皇室からほとんど顔を出さなかったのに、いきなり聖女撲滅運動の第一人者として立ち上がったことに違和感があったんだ。広場で彼女を見たときも無表情とは言え、何か……大きな仮面を被っているように思えてな」 「あいつは策士だからなぁ、普段から何考えてるのかわかんなかったよ。そっか、記憶をなくす前からそうだったんだな」 「穏便派は、ずっと彼女と語り合う機会を望んでいたんだ。結局は叶うことなく、ミランシャ皇女が行方不明になってしまったが……」  お前たちの近くにいたなんてな、とギンはため息をついた。 「よりにもよって聖女と懇意にするとは。なんの因果か」 「姉妹みたいに仲良いぜー」 「……ミランシャ皇女は、どんな感じだ」 「別に普通の女の子だよ。笑ったり怒ったり、ちょいちょい俺を小馬鹿にしてからかってきたり」 「…………それは、まったく想像できないな」  ギンはものすごく意外そうな表情をしているが、セナにとってもその返答は意外である。 「いいやつだよ。大事な仲間だ」 「……そうか」  セナのはっきりと言い放った言葉を、ギンは目を閉じて受け止めているようだ。  頭の中で何を考えているのか、セナにはわからなかった。 「お前は、ミランシャ皇女を守るのか」 「うん。ミサキだけじゃない、クリンもポンコツ聖女も全部守る。そのためにここに来たんだ」 「……。皇女が記憶を戻したらどうするんだ」 「そんなの、その時考えるよ。仲間みんなで考える」 「そうか……」  強いな、と()らして、ギンは決心を固めたようだった。 「正しい喧嘩の方法を教えてやる」 「やった!」 「ただし。条件がある」 「……何?」  ぬかよろこびさせられて、セナは怪訝そうに尋ねる。 「その力で命を奪うな。何度も言うが、力を振るうなら生み、生かし、守るために使え」 「おっさん、俺はまだ唐揚げの味を忘れてないぜ。今さらだろ、そんなの」 「……ジャックを止めてくれるか」 「のぞむところだ!」  自信たっぷりに頷いたセナを見て、ギンはようやくその顔に笑顔を浮かべた。
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