プロローグ:化学研究部と科学研究部

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プロローグ:化学研究部と科学研究部

 衣替えが終わって梅雨も明けると、本格的な夏が訪れようとしていた。最後の授業が終わると時計の針は16時を回っていたが、それでも太陽は未だに遥か上空から町中に眩しい光を注ぎ続けていた。  授業から解放された生徒たちは、それぞれの目的地へと向かうために、教室から弾き出されるようにしていなくなっていく。周りから遅れること少し、荷物の整理を終えた私は、同じく机の中に教科書類をしまって席を立ったクライメイトでもあり、同じ部活のメンバーに声を掛ける。 「内海くん、今日は部活行く?」 「あ、絆さん。そうだね、今日は特に何も用事がないから、このまま部活に顔を出そうかと思っていたんだ」 「そっか。じゃあ、一緒に行こう?」 「うん、そうだね」  抑揚のない穏やかな口調と表情で答えてくれたのは、同じ1年生の内海昴くん。化学研究部において、唯一の同級生だ。アシンメトリーな髪型で、ちょっとだけ前髪で目が隠れてしまっている。どちらかといえばクラスでも目立つような存在ではないし、突出して成績が良いと言うわけでもない様子だった。  心理学に興味を持っている内海くんは、私たちの担任でもあり、化学研究部の顧問をしている音宮莉子先生の勧めで入部してくれたという経緯がある。どうやら、私に好意を持ってくれているようだけど、私はまだ内海くん面と向かって答えを出すことが出来ていない……というのが、これまでの大雑把な経緯かな? 「今日は氷室先輩と柏木先輩は、クラスの決め事で遅れてくるって言ってたよ。さっき廊下で2人に会って、そう言われたんだ。なんでも、もうすぐやる体育祭で優勝するために作戦を練っているんだとか」 「そうなんだ、随分と熱心なクラスなんだね。でも、あの2人の様子を想像すると、めんどくさそうにしている光景しか目に浮かばないんだけど」 「はは、そうだね。そうかもしれないね」  教室を出た私たちは他愛ない会話をしながら、人気が少ない別棟へと繋がる渡り廊下を歩いていく。教室がある本棟とは反対側に、家庭科室や音楽室、それに文化部系の部活の部室が多く配置されている別棟がある。建物の構造上、日陰になりやすい場所に位置しており、この時期でもひんやりとした空気が流れていた。  化学研究部の先輩でもある氷室順也先輩と柏木花音先輩は、ストレートに言えばバカップルだ。お互いに好意を抱いているのに、同族嫌悪なのか何なのか、ことあるごとに小競り合いを繰り返していた。前回の実験で多少なりとも歩み寄りが見られたようだが、まだまだお互いがお互いのことを意識するのは時間がかかりそうだった。私たちからすれば、早く付き合ってくれないかなと思うくらいの関係だった。その証拠に、氷室先輩が良く飲んでいるコーヒーを作ることが出来るのは、柏木先輩だけなのだから。
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